To the Rev. F.D. Maurice F.D.モーリス師 啓上
忙しくなくなったら、こちらへ来てくれたまえ、
名付け親だもの、来て、子供に会ってくれたまえ:
君が来てくれたら、うちの小さいのは
冬にお日様が差したみたいに、喜んで跳び回るだろう。
友よ、悪魔にさえもフェアに接する、
正直な少数派に属するがゆえに、
たとえ八万人を擁する大学評議会が
君に「破門」を怒号しようとも/
たとえ正義を重んじる君に対して、
我が国のすべての聖職者たちが激昂しようとも、
ワイト島の、世俗の炉辺が一つ
君を歓迎しよう(それを受け入れて来てくれたまえ)/
そこで、雄大な草原の丘の傍らの
無造作に手入れされた庭で、
私は街の騒音や煙から遠く離れて、
鳶色の夕暮れが落ちるのを眺めている、
夕食の間、君はいかなるスキャンダルも耳にすることなく、
あるのはただ本心の語らいと、体に良いワインだけだろう、
そして、松の木の屋根の下の
カササギのおしゃべりな噂話を聞くだけだろう:
なぜなら、両側には冬の嵐を遮るための
松の林が立っているからだ。
そしてその先には、灰色の海峡が
粘土と砂の上に波を打ち寄せていて/
乳白色の絶壁の下を
戦艦がゆっくりと這い進んで行き、
そして光と影の帯を通り抜けて
瞬きながら遠い海へと消えて行く、
我々は利己的な戦争を引き起こした
北国の罪について議論するだろう/
ロシア皇帝とオスマン帝国のどちらが勝つか、
主張をぶつけ合い、可能性を整理するだろう:
あるいは、戦争の懲罰の鞭が
ヨーロッパ全土を血に染めるかどうかを/
そして、君はもっと大切な事柄へ、
神に愛される者にとって大切な事柄に目を向けるだろう/
貧しい人々の乏しい貯えをいかに補い、
住居をいかに改善するのが最良なのかを/
人生が進むにつれて、いかに
ますます勇気と慈悲が獲得されるかを。
来たまえ、モーリス、来たまえ。芝生はまだ
霜で白く、あるいはスポンジのように濡れている/
しかし、三月になって
クロッカス、アネモネ、スミレが咲き誇る頃に/
あるいはもっと遅くに、一度訪ねて来てくれたまえ、
なぜなら、我々が親しくしている人は少ないからだ/
一度ならず、何度でも、
何度でも、何度でも、楽しみに訪ねて来てくれたまえ。
1854年1月
*ジョン・フレデリック・デニスン・モーリス(キリスト教社会主義者、1805-1872)はケンブリッジの使徒団のメンバーでした。1853年に神学論争でロンドン大学キングス・カレッジ神学部の教授を解任されたときに書かれた手紙です。
2025.10.31
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/maud/revfdmaurice.html