マグナ・カルタ 1225

 

 

MAGNA CARTA 1225

マグナ・カルタ 1225



訳者より

 1215年に直臣たちがジョン王に最初のマグナ・カルタを承認させましたが、その後も悶着は絶えませんでした。1225年、戦費調達のための税金と引き換えにヘンリー3世は「自発的な善意によって」このバージョンのマグナ・カルタを承認しました。その後も諍いが続きましたが、1297年にエドワード1世が新税と引き換えにこのマグナ・カルタを再承認しました。現在に至るまで有効とされているのは前文、第1条、第9条、第29条、第37条です。該当する条文の頭には+印をつけてあります。

 なお、マグナ・カルタの原文はラテン語で書かれており、以下はその英訳を和訳したものです。

原文:
https://www.nationalarchives.gov.uk/education/resources/magna-carta/magna-carta-1225-westminster/


本文

+イングランド王、アイルランド王、ノルマンディー公爵、アキテーヌ公爵、アンジュー伯爵であるヘンリーから、神の恩寵により、大司教、司教、大修道院長、司祭、伯爵、直臣(*baron)、州務長官(*sheriff)、家令(*stewards)、召使(*servant)、そしてこの憲章を見るであろうすべての役人(*bailiff)と忠実な臣民に向けて、挨拶を送る。朕は神への畏れゆえに、朕、朕の祖先と後継者の魂の救済のために、聖なる教会の賞揚と朕の王国の改革のために、朕自身の自発的な善意によって以下に書かれたこれらの自由特権を朕の王国であるイングランドにおいて永遠に保有されるために大司教、大修道院長、司祭、伯爵、直臣、および朕の王国のすべての者に与え、承認したことを知るべし。

+(1)第一に朕は朕自身と朕の後継者のために永遠にイングランドの教会が自由であり、そのすべての権利が縮小されず、その自由特権(*liberty)が損なわれないことを神に誓い、朕のこの憲章によって確認した。朕はまた、朕自身と朕の後継者のために永遠に朕の王国のすべての自由人(*free men=封建的権利の所有者:非自由人=地面付の小作人)に対して以下に書かれたすべての自由特権を保有することを認めた。

(2) 朕の伯爵、直臣、その他主に騎士の勤めのゆえに朕の禄を受けている者が死亡し、その死亡時にその相続人が満年齢で相続料(*relief)を支払う義務がある場合、その者は古来の相続料を支払って相続するものとする。すなわち、伯爵の相続人または相続人たちは伯爵領全体に対して100ポンド、直臣の相続人または相続人たちは直臣領全体に対して100ポンド、騎士の相続人または相続人たちは騎士の所領(*fee)に対して多くても100シリングである;そしてより少ない義務を負っている者は昔からの封土(*fief)の慣例に従い、より少ない金額を支払うものとする。

(3)ただし相続人が未成年である場合には、その領主はその者から忠誠の誓いを受けるまではその者とその土地を後見してはならない;また被後見人となったそうした相続人はその者が成人したとき、すなわち21歳になったとき相続料を支払うことなく、礼金(*fine)を支払うることなく相続を相続することとする。ただし相続人が未成年のうちに騎士となった場合も、やはりその土地はその全期間において相続人の領主に後見されるものとする

(4) そうした未成年の相続人の土地の後見人はその相続人の土地から、合理的な収益、合理的な慣習上の税、合理的な役務(*service)以上のものを徴収してはならない。また人や物を破壊したり浪費したりしてはならない;朕がそのような相続人の土地の後見を州務長官、あるいはその土地の収益について朕に責任を負う他の者に委ねた場合、その者が後見しているものを破壊、または浪費したとき、朕はその者から補償金を受け取り、その土地はその封土の2人の然るべき思慮深い者たちに委ねられる。その者たちは朕または朕が選定した者に収益についての責任を負うものとする;また朕がそのような土地の権利を誰かに与えたり売ったりし、その者がそこにおいて破壊や浪費をした場合、その者はその権利を失い、その土地はその封土の2人の然るべき思慮深い者たちに譲渡され、その者たちは前述のように朕に責任を負うものとする。

(5)また後見人は土地の後見権を有する限り、その土地からの収益をもってその土地に関連する家屋、庭園、養魚池、池、水車その他のものを修繕しなければならない;そして相続人が成人したときには、少なくとも自分が受け取ったものと同程度の鋤その他のすべてのものを備えてその土地を相続人に返還しなければならない。これらのことは空位の大司教区、司教区、修道院、司祭区、教会および朕に属する位階の後見の場合にも、この種の後見権を売却することができないことを除いて、すべて遵守されるものとする。

(6) 相続人には不当婚姻ではない結婚をさせなければならない。

(7) 未亡人は夫の死後、直ちに何の困難もなく、その持参金および相続財産を手にすることができ、また夫の死の日にその者と夫が保有していた寡婦産、持参金、相続財産を手にするために何も支払わなくてもよい;そしてその者は夫の死後40日間、夫の本宅にとどまることができ、既にその者に寡婦産が与えられている場合と、その家が城である場合を除いて、その間に寡婦産が与えられるべきである;そしてもしその者が城を離れる場合は直ちに適切な家がその者のために用意され、前述のとおりその者に寡婦産が渡されるまで名誉ある滞在ができるべきであり、その者にはその間、妥当な一般的な必要品が与えられるべきである。その者には寡婦産として夫の生前の土地の3分の1が与えられるものとする。ただし、教会のドアで(*結婚前の約束で)取り分がそれより少ないことになっていた場合を除く。未亡人は夫のいない生活を望む間、結婚を強制されることはない。ただし、その者が朕の土地を保有している場合には朕の同意なしに、また他の領主の土地を保有している場合にはその領主の同意なしに結婚しないことを保証しなければならない。

(8)朕または朕の役人は、債務者の利用可能な動産が債務を返済するのに十分であり、債務者自身がそれを支払う準備ができている限り、いかなる債務に対しても土地または賃料を差し押さえない;また主たる債務者に債務を支払う能力がある限り、債務者の保証人となった者を差し押さえない。主たる債務者が債務を支払わず、支払うべきものを持っていない場合、または支払うことができるが支払う意思がない場合、保証人たちは債務引き受けなければならない;そして主たる債務者が前記保証人たちに対する自らの義務を履行したことを明示できない限り、保証人たちが望むならば、その者たちが債務者のために支払った債務が弁済されるまで債務者の土地および賃料を手にするものとする。

+ (9) ロンドン市はその古来のすべての自由特権と自由な慣習を保有するものとする。さらに朕は他のすべての都市、自治都市、町、五大港の直臣たち、およびすべての港がそのすべての自由特権と自由な慣習を保有することを意図し、認める。

(10)何人も騎士の所領(*fee)やその他の自由保有の土地からの収入に相応ではない奉仕を強制されてはならない。

(11)民事裁判は朕の宮廷について回るのではなく、定められた場所で行うものとする。

(12)奪われた土地の回復(*novel disseisin)、土地相続(*mort d’ancestor)の承認はそれらが関係する州以外の場所で行われてはならない。そしてこのように―朕、あるいは朕が王国を離れている場合には朕の首席裁判官は年に一度各州に裁判官を派遣し、その裁判官は州の騎士たちとともに各州で前記巡回裁判を開催する。そして、その訪問の際に前記巡回裁判を開くために派遣された前記裁判官がその関係する州で決定することができなかったものはその者らの巡回中に他の場所で決定するものとし、特定の事項に関する困難のためにその者らが決定することができないものは王座裁判所の裁判官に委ね、そこで裁決することとする。

(13)空席となっている聖職への推挙(*darrein presentment)の裁判は常に王座裁判所の裁判官の前で行われ、そこで裁決される。

(14)自由人は些細な罪についてはその程度に応じた以上の罰を受けず、重大な罪についてはその重大性に応じて罰を科されるが、その生活手段は保護され;また商人も同様に在庫を保護される;また朕の所有ではない農奴も、朕の慈悲に浴した場合には同様にその生活手段を保護される;また前記の罰は近隣の善良で法に適う者たちの宣誓によらなければ科されないものとする。伯爵及び直臣はその同輩によってのみ、かつ罪の程度に応じてのみ罰される。聖職者はその聖職禄の額に応じてではなく、その俗人としての所得と罪の程度に応じて罰される。

(15)いかなる村も個人も川岸に橋を架けることを強いられない。ただし古来の法的義務を負っている場合を除く。

(16)朕の祖父であるヘンリー王の時代に禁漁であった川岸を除き、今後いかなる川岸も、その時代と同じ条件で、同じ期間、禁漁とすることはない。

(17)州務長官、城主(*constable)、検視官、その他の朕の吏員は、朕の王座裁判所に申し立てをすることができない。

(18) 朕の世俗封土を保有する者が死亡し、朕の州務長官または役人が、故人が朕に負っていた債務のために朕の召喚特許状を提示した場合、朕の州務長官または役人が法に適う者の監督の下に、その債務の額に応じて世俗封土で発見された故人の動産を書き加え、リストを作成することは合法である、ただし顕在化した債務が朕に全額支払われるまでは、いかなる動産も持ち去ってはならない;残余財産は故人の遺言を実行するために執行者に委ねられる。また被相続人に朕に対する債務がない場合には、すべての動産は被相続人のものであり、その妻と子には相応分が割り当てられる。

(19) 城主またはその役人はその場で現金で支払うか、または売却者との取り決めにより支払いを遅らせることができない限り、城の所在する村の者ではない者の小麦その他の動産を奪ってはならない;売却者がその村の者である場合には、40日以内に支払わなければならない。

(20) いかなる城主も騎士が自ら(*朕の)城の警護を行う意思があるか、もし自らそれができない適当な理由がある場合、他の適当な者に行わせる意思があるのなら、その代わりとなる金銭を差し出すことを強要してはならない;そしてもし朕がその者を軍務に伴ったり派遣したりした場合には、その者は朕のために軍務に就いた期間に応じて、その者が軍務に就いた理由である封土の分の(*朕の城の)警護を免除されるものとする。

(21)州務長官、朕の役人、その他の者は古来の値段、すなわち2頭立ての荷馬車の場合は1日10ペンス、3頭立て荷馬車の場合は1日14ペンスを支払わない限り、誰かの馬や荷車を運送業務のために徴用してはならない。前述の役人はいかなる聖職者、騎士または貴婦人の所有地の荷車をも奪ってはならない。朕も、朕の役人も、その他の者も、城その他の朕の建造物のために、朕のものではない木材をその木材の所有者の同意がある場合を除き、採取しない。

(22)朕は重罪を犯した者の土地を1年と1日を超えて保有せず、その土地はその後、封土の領主に引き渡すものとする。

(23)今後、テムズ川とメドウェイ川、およびイングランドの全域ですべての魚堰を完全に撤去する、ただし海岸沿いを除く。

(24) 将来的に命令状(*Praecipe)と呼ばれる令状は、自由人が(*自らの領主の法廷における)裁判の機会を失う可能性のある保有地に関しては、誰に対しても発行しないこととする。(*この令状を出した場合、王が裁判を行うことになる)

(25)朕の王国全体においてワイン、エール、小麦の基準を一つ、すなわちロンドン・クォーター(*1ロンドン・クオーター=500ポンド)とする;そして布は染色されたもの、ラセット(*小豆色に染められた毛織物)、ハルベルジェ(*表面が鎖帷子のような粗い毛織物)のいずれも一つの幅、すなわち織り端の内側に2エル(*1エル=45インチ)とする。重さについては同じ基準を用いるべし。

(26) 将来的に生命又は四肢を失う可能性のある罪で告発されて陪審員裁判を求める者の審令状については何も受け取らないこととする;令状は無料で交付され、拒否されない。

(27)ある者が朕の永代借地(*fee-farm)、賃借農地(*socage)、または市民賃借地(*burgage)を保有し、また騎士の奉仕と引き換えに他の者の土地を保有する場合、朕はその永代借地、賃借農地、または市民賃借地のゆえにその者の相続人または他の者の領地であるその者の土地を後見しない;また、その永代借地が騎士の奉仕と引き換えではない限り、その永代借地、賃借農地、または市民賃借地の後見権しない。朕はある者の相続人またはその者が騎士の奉仕と引き換えに他の者から保有していた土地を、その者が朕に刀や矢などを差し出すなどの奉仕と引き換えに朕から得たささやかな土地(*serjeanty)を理由として後見することはない。

(28)将来において、役人はこの目的のために立てられた信頼できる証人なしに、何人にも裁判を受けさせたり、裏付けのない自らの言葉に宣誓をさせたりしてはならない。(*ちょうどこの頃神明裁判が廃止された)

+(29)将来において、その者の同等者の合法的な判断や土地の法律による場合を除き、いかなる自由人も逮捕されたり、投獄されたり、その自由保有の土地、自由特権、自由な習慣を奪われたり、法による保護を奪われたり、追放されたり、その他いかなる方法によっても不当に罰されることがあってはならない、また朕はその者を攻撃したり、その者を攻撃する者を派遣したりしない。朕は権利や正義を誰にも売らず、拒否せず、遅れさせない。

(30)すべての商人は、その者たちがあらかじめ公的に禁止されていない限り、すべての悪しき通行料のない古来の正しい習慣によって売買をするため、安全かつ確実にイングランドから出て、イングランドに入り、陸路でも水路でも、イングランド中に滞在し旅行することができる。ただし戦時中で、かつ朕と戦争をしている国の商人である場合を除く。また戦争が始まったときにそのような者が朕の国で発見された場合には、朕、又は朕の首席裁判官が戦争が起こったときに朕と戦争している国で発見された朕の国の商人がどのように扱われているかを知るまでは、それらの者はその身体又は財物を傷つけることなく拘留されなければならない;そしてもし朕の臣下がそこで安全であれば、他国の者も朕の国で安全でなければならない。

(31)ウォリングフォード、ブローニュ、ノッティンガム、ランカスターの所領、またはその他の朕の復帰不動産(*escheat=本人が死亡したら王の手に戻る不動産)である領地を保有する直臣が死亡した場合、その(*下位賃借人である)相続人は朕にその復帰不動産が直臣の手中にあった場合以上の相続料を支払ったり、奉仕をしたりする必要はなく、朕は直臣が保有していたのと同じ方法でそれを保有する。あるいは、そのような領地または復帰不動産を保有していた者が他の場所で朕に直属していた場合を除き、朕はそのような領地または復帰不動産を理由として朕のいかなる者に対しても復帰不動産また後見権を保有しないこととする。

(32)今後、自由人はその土地が必要とする役務(*軍務など)を土地の領主に提供するために十分な土地を残すことなく、自分の土地を誰かに与えたり、売ったりしてはならない。

(33)イングランド王の聖職推挙権の特許状、または古来の所有権または占有権を有する修道院のすべての後援者は修道院長の席が空いている間、その者たちが当然そうするべきであり、ここに明らかにする通り、その後見をしてよい。

(34)女が夫以外の者の死を法廷に告発しても、何者も逮捕されたり、投獄されたりしてはならない。

(35)今後、どの州裁判も月1回より多く開催してはならないし、これまでそれ以上の間隔で開催されてきた場合には、それ以上の間隔で開催するものとする。また州務長官または役人は年に2回(ただし相応かつ習慣的な場所で)、すなわち、イースター後とマイケル・マス(*大天使ミカエル祭り、9月29日、中世イングランド農民の一年の区切りであった)後の1回ずつを除いてハンドレッド(*百戸程度に分けられた行政単位)地域で裁判をしてはならない。そしてフランクプレッジ検査(*12歳以上の男性を10-12人一組にして相互監視させるフランクプレッジ制度の検査)はその時、マイケル・マスの時季に邪魔を受けることなく行うものとする。それは言わば各人が朕の祖父ヘンリー王の時代に持っていた、あるいは慣れ親しんでいた、あるいはその後に獲得した自由特権を持つことができるようにするためである。フランクプレッジ検査は以下の方法で行われるものとする。すなわち朕の平和が守られるよう、かつてのように十人組(*tithing)が完全に維持され、州務長官は重税を課す機会を求めないよう、朕の祖父ヘンリー王の時代に州務長官が自分の考えを述べることによって得ていたもので満足するようにしなければならない。

(36)将来的に、誰かが自分の土地を修道院に提供し、その修道院からの借主として再び取得するようなことは合法ではないものとする。また、いかなる修道院も、誰かの土地を受け取って、その者を借地人として貸すことは合法ではないものとする。今後、誰かが自分の土地を修道院にこのような方法で提供し、そのことで有罪判決を受けた場合、その贈与は完全に取り消され、その土地は関係する領主に没収されるものとする。

+(37)将来的には朕の祖父ヘンリー王の時代に行われていたように軍務代納金を取ることとする。また、大司教、司教、大修道院長、司祭、テンプル騎士団、ホスピタル騎士団、伯爵、直臣、その他すべての者、聖職者、俗人について、それらの者が以前に持っていた自由特権と自由な慣習は守られることとする。

朕の王国において、朕の臣下に対して朕に関係する限りにおいて遵守することを認めた前述のすべての慣習および自由特権を、朕の王国のすべての者、聖職者および俗人は、その者たちの部下に対してその者たちに関係する限りにおいて遵守しなければならない。これらの自由特権、および森林の自由特権に関する朕の憲章に含まれるその他の自由特権の承諾および贈与の見返りとして、朕の王国の大司教、司教、大修道院長、司祭、伯爵、直臣、騎士、自由土地保有者および朕の王国のすべての者は、その者たちのすべての動産の15分の1を朕に与えた。また朕は、朕と朕の相続人の治世において、この憲章に含まれる自由特権を侵害したり弱めたりするようなものを一切獲得しないことをその者たちに承諾した;またこれに反するものを誰かから獲得したとしても、それは何の役にも立たず、何無価値なものである。立会人:カンタベリー大司教、S閣下、司教ロンドンのE閣下、バースのJ閣下、ウィンチェスターのP閣下、リンカーンのH閣下、ソールズベリーのR閣下、ロチェスターのB閣下、ウースターのW閣下、イーリーのJ閣下、ヘレフォードのH閣下、チチェスターのR閣下、エクセターのW閣下;セント・オルバンズ大修道院長、ベリー・セント・エドマンズ大修道院長、バトル大修道院長、カンタベリーのセント・オーガスティン大修道院長、イブサム大修道院長、ウェストミンスター大修道院長、ピーターバラ大修道院長、レディング大修道院長、アビンドン大修道院長。マルムズベリー大修道院長、ウィンチコム大修道院長、ハイド大修道院長、チャーツィー大修道院長、シャーボーン大修道院長、セルン大修道院長、アボッツベリー大修道院長、ミルトン大修道院長、セルビー大修道院長、ウィットビー大修道院長、サイレンセスター大修道院長、H・ デ・バーグ司法長官、チェスター&リンカーン伯爵R.、ソールズベリー伯爵W.、ワレンヌ伯爵W.、グロスター&ハートフォード伯爵G.デ・クレア、ダービー伯爵W.デ・フェラーズ、エセックス伯爵W.デ・マンデヴィル、ノーフォーク伯爵H.ル・ビゴッド、アウマーレ伯爵W.、ヘレフォード伯爵H.、アボットベリー修道院長、ミルトン修道院長、シルビー修道院長、サイレンセスター修道院長、H.デ・バーグ司法長官。ヘレフォード伯爵、チェスター城主ジョン、ロバート・デ・ロス、ロバート・フィッツ・ウォルター、ロバート・デ・ヴィポン、ウィリアム・ブリューワー、リチャード・デ・マンフィシェ、ピーター・フィッツ・ハーバート、マシュー・フィッツ・ハーバート、ウィリアム・デ・オーベニー、ロバート・グレリー、レジナルド・デ・ブローズ ジョン・オブ・モンマス、ジョン・フィッツ・アラン、ヒュー・デ・モーティマー、ウォルター・デ・ボーシャン、ウィリアム・オブ・セント・ジョン、ピーター・デ・モーレイ、ブライアン・デ・ライル、トーマス・オブ・モールトン、リチャード・デ・アルジェンテイン、ジェフリー・デ・ネヴィル、ウィリアム・モーディット、ジョン・デ・バルン。

朕の治世の第9年の2月11日にウェストミンスターにおいて授ける。