Akbar’s Dream アクバル帝の夢
カシミールの寺院に刻まれたアブル・ファズルの碑文(ブロフマン xxxii.)
おお神よ、あらゆる寺院で私はあなたを崇める人々を目にし、
あらゆる言語で語られる言葉の中に、あなたを讃える声を聞きます。
多神教もイスラム教もあなたを求めています。
あらゆる宗教は「あなたは唯一無二の存在である」と唱えます。
もしそれがモスクであれば、人々は聖なる祈りを囁き、
もしそれがキリスト教の教会であれば、人々はあなたへの愛を込めて鐘を鳴らします。
私は時にキリスト教の修道院を訪れ、
時にモスクに赴きます。
しかし、私が寺院から寺院へと探し求めるのは、あなたなのです。
異端と正統はあなたのお召しに関わりがありません/
なぜなら、どちらもあなたの真理の幕の後ろに立っていないからです。
異端者にはそれぞれの異端が、正統派にはそれぞれの宗教があります、
しかし、香水売りにとって価値があるのはバラの花びらの粉末なのです。
アクバル帝とアブル・ファズル、夜のファテープル・シークリー宮殿の前で
「諸国民の光よ」と、宮廷歴史家はアクバル帝に尋ねた。
「今宵、陛下の御心を曇らせているのは何事でしょうか?」
すると、アクバル帝は星々を一瞥した後、
ゆっくりと彼の方を向いて言った
「夢の影だ―取るに足らない夢かもしれない。
それでも私は心を天に向け、
その夢に抗って祈った。祈ること、そして行動すること―
祈ること、祈りの通りに行動すること、
その両方がアッラーを崇拝することなのだ。そして、
行動を伴わない祈りは、アッラーの御目には
まるで子を死産して死んでしまう美しい母親のように
弱々しく、色褪せて見えるのだ。私は誓った。
私がいかなる夢を見ようとも、
平和を勝ち取るためにだけ人々を征服する剣が
私に与えた広大な領土の至る所に
正義を行うことを。アッラーよ、私を導きたまえ!
しかし、来たれ、
私の高貴な友よ、忠実な助言者よ、
私の横に座れ。この庭園は王のみならず、
やがてはヒンドゥスタン全土で
争い合うすべてのイスラム教徒、バラモン教徒、
仏教徒、キリスト教徒、ゾロアスター教徒の
冠を編むために、あちこちの美しい植物から
最も優れた花たちを選り抜いたものだ、
この王の庭園の中で、お前とともにいる限り、
私はもはや孤独を感じない、
お前の兄弟は神への賛歌の中でこう言った。
『あなたの栄光は知恵を凌駕します。あなたの
完全性に向かおうとする科学のあらゆる道は、
目をくらませる砂漠の砂です/私たちはあなたの
愛のアルファベットの最初の文字さえも、
かろうじて綴ることができるにすぎません』
神は御自らをご存じだが、人間は自らと神について知らない、
なぜなら、あらゆる宗派の飛散した
欠片は『私は完全な道の上にいる、
他のすべては滅びに向かう道だ。』と叫ぶ。
バラがハスに向かって
『お前は花ではない』と叫ぶだろうか?
ヤシがイトスギに『美しいのは私だけだ』と叫ぶだろうか?
マンゴーが足元のメロンを蹴飛ばすだろうか?
『アッラーが人間のために作られたのは私の果実だけだ。』と
アッラーの生きた鼓動が彼の世界全体を
どのように打っているかを見るべきである。 もしすべての星が
『天にいるのは私だけだ』と声高に叫ぶなら、
それはギリシャ人が夢にも思わなかったような
天体の音楽だろう。すべてのものに光があり、
そして、人間のすべての崇拝様式には
多かれ少なかれ影を伴った光がある/しかし、
『緑のソファに座って、地獄に落ちたものの
苦しみに想いを巡らせている』私たちの法学者はすでに、
新たに檻に入れられた野獣のようであって―檻が狭ければ狭いほど、
彼らの怒りは増す。彼らは不機嫌な眉で
私に対面する。何の不思議もない! 私は
犬さえも清いものとし、人々が豚肉を味わい、
ワインを飲むことができるように定めたのだから/彼らはまた知っている、
私たちの自由なホールでは、それぞれの哲学や
信仰の感情がそれぞれの居場所を持っているが、彼らが
激しい形式主義を口走るたび、私には
―偉大な神の声でもなく、真の深みも持たない―
狭い海での潮のぶつかり合いのようにしか聞こえない。
愚かにも、王らしくもなく―
人々を古来の信仰の囲いから追い出して、
私の信仰の中に無理やり閉じ込めよというのである/―そして
私の治世の初めは、恥辱の雲に赤く染まった。なぜなら私は…
私は彼らのカーストや信条の中の悪意を憎み、
人々に望みどおりの礼拝をさせ、
不信仰の畑からは何も刈り取らないからだ。
私はあらゆる信仰と民族の中から
最良で最も勇敢な魂を選んで、助言者や友人とするからだ。
私は異教徒という呼び名そのものを忌み嫌う。
私はコーランと剣に胸騒ぎがする。
私はキリスト教徒と火刑に身震いする/
しかし、彼らの聖典には『アッラーは愛である』と記されている。
そして、ゴアの司祭は、彼の預言者、
マリアの子イエスの言葉を引いて
『小さき者たちよ、互いに愛し合いなさい』そして
『祝福しなさい』と、誰を?『迫害者さえも』と叫んだ!その時
私には、イスラムの太陽の光よりも清らかな光が
雲間から差し込んだような気がした。
そして、お前は覚えているだろう、あの
もう一人の預言者、彼らの没落を告げた者が、
その師は『義の太陽』、すなわち地上におけるアッラーであり、
真理の手綱で民を導き、支配する者であると宣言した時、
朽ちかけた信仰の柱がどれほどの激しい怒りに震えたかを。
なんだと?『古代イランでは、
アッラーは愛の太陽、そして愛は真理の網と
呼ばれていたのではないでしょうか?』
古代イランからの声!
いや、私は知っている、それは―女たちに
『無神論者』呼ばわりされて
屋根から汚物を浴びせられた白髪の指導者、
アッラーに深く没入した神秘の旋律を奏でた者、
アブー・サイードの言葉である―
―地上の薄れゆく朝霧が天の正午に消えるまで、
ここでは太陽はぼんやりとしか見えない、
そのとき、信条と血統はそれぞれ、
もはや偽りの証言をすることはなく、
より大きな光によって自らの限界を見出し、それを乗り越え、
真実への愛、愛の真実の中で
易々と後世に受け継がれるだろう。
太陽、太陽!彼らは私を
ゾロアスター教徒とののしる。我らの大地を
熱して穀物と果物を生み出し、
私の畑のみならずお前の畑にも笑いかけ、
シーア派とスンニ派の血を熱くする
太陽を、永遠の象徴とせよ!そうだ、そして王たちは、
自ら統治するすべての人々への愛情の温かさによって、
神を現すことができないだろうか―万人に公平な法によって?
人々の光になる行いによって?
しかし、そのような光は、
昨日の朝、私たちのところに飛び込んできて
両目から地獄の輝きを放ちながら、
『あなたは天から新しいコーランを
降ろしたのか? あなたは預言者なのか? あなた
奇跡を行えるのか?』と叫んだ者の顔には
微塵も見えなかった。そして怒り狂った野生の馬のように飛びかかって、
私を投げ飛ばそうとしたが、失敗した。奇跡だ! いや、私にとっても、
彼にとっても、誰にとっても奇跡ではない。私には、薄暗い
生命の洞窟に理性の灯を掲げ、創造され、創造し続けられ、
そして存在しているお方を崇拝しながら、
ただ世界を、この偉大な奇跡を見つめることしかできない、
そして私はそれ以外を―すべての人類の部族によって
様々に変化する形式や儀式を―見つめることはない。
ああ、友よ、お前は私が形式を欠くべからざるものと
考えていることを知っているだろう:ただ、統治する者が、
政治的配慮と限りない優しさをもって、すべての臣民のために
それらを作り上げてくれることを願うばかりだ。
そして、形式とは何だろうか?
質素なものもあれば、豪華なものもあり、体にぴったりと合うものもあれば、
ゆったりとたなびくものもある。内なる心によって温められ、
生きた手足によって動かされ、古くなれば新しいものに
取って代わられる
美しい衣服―それが形式だ!
自然という市場における精神的なもの―
人間に宿って、声になる天国の静かな
アルファベット―見えない力、
遠くから支配する力を鮮やかに示す旗―
崇高な哲学が役に立たなくなった時、
人々を地上の泥沼から引き上げるために、
楽園から垂らされた絹の紐―
そして、何よりも人々が、御自ら形式を作って御自らそれに従われ、
御自らこの岸辺の橋の向こう側で、
何らかの形で生きておられる主を仰ぎ見、
私たちの内にも外にも等しく存在する、
万物の中の万物であり、そして万物の上にあり、
決して変わることのない唯一者、そして常に変化し続ける
多数者である無限なる御方に仕えるとき、
その方を讃えるために、キリスト教の鐘の音、
モスクからの呼び声、そして多神教の漠然とした声は、
ただ一つの音楽になって『祈れ。』とハーモニーを奏でる。
西の方角―あのゆっくりと落ちていく星の下で、
キリスト教徒は精神的な指導者を仰いでいる/
そして、お前の真摯な助言に従い、お前の助けによって、
私もまた、イスラム教においてそのような存在となっている。栄光の
蜃気楼のためではなく、私の無数の
臣民を一つに融合させる力のため/
抑圧という虎を公職から追い払うため/彼らのあらゆる
嵐のような信条を穏やかにする油のような
神への信仰を広め、
波と波の間の空洞を満たすため/
我が子らを真理の乳で育て、
古き憎しみを愛の黄金へと錬成し、
それを世に広め/不寛容な宗教家たちの恐ろしい毒、
常に鎌首をもたげるコブラたちを打ち払うためである―
唯一のアッラー!唯一のカリフ!
それでも―時折、
疑念と恐れに見舞われる―そして昨日の午後、
私は夢を見た―お前も知っているだろう、私の心が
嗣子サリームへのいかに深い愛の泉であるかを―
それなのに、私の夢はあまりにも荒々しく、我儘なものだった―
彼はお前を、忠告の杯に異端の酒を混ぜる者の一人のように
横目で睨みつけたのだ―だから―どうか―
さて、私は夢を見た、
石を一つずつ積み上げて、聖なる神殿、寺院を築き上げた、
パゴダでも、モスクでも、教会でもない、
しかしより高く、より簡素で、常に天からの
あらゆる息吹に開かれた神殿で、
そして真理と平和と愛と正義がそこに来て住まうのだ/
しかし、私とお前が喜び合っていると、
嘲笑う声が聞こえた。『新しいコーランだ!』
そして突然、『サリーム!』という叫び声とともに、
お前が、お前が―私の目の前で倒れるのを見た。そして
私もまた、黒い翼の死の天使に打ち負かされた、
しかし死んでも耳と目はあった/私は息子を見守り、
そして彼に続く者たちが、私の美しい作品の
石を一つ一つ崩していくのを見た/そして廃墟から、
踏みにじられた何百万もの民の叫びと呪いが、
以前と同じように響き渡った/しかし私が呻いていると、
日没の中から異民族が現れ、
再び石を積み上げ、真理と
平和と愛と正義がそこに来て住まい、
そして外の野原では、寡婦殉死の炎も、幼な妻の嘆きも、
インドの未亡人の悲鳴も見聞きされなくなった/そして夢の中で私は言った。
『いかなる手によってであれ、私の使命が
成就されるのであれば、アッラーに栄光あれ!』と。おや、
音楽が聞こえてきた:私たちの宮殿は目を覚まし、
目覚める一日の薔薇色の頬から、朝が
夜の暗い睫毛を持ち上げたのだ。
私たちの太陽への賛歌だ。歌が聞こえる。さあ、行こう。」
賛歌
I
再びあなたは天へと燃え上がり、再び私たちはあなたの昇る姿を見ます。
毎朝が、人々の心と目を喜ばせる、あなたの誕生日なのです。
毎朝私たちはここであなたを迎え、神々しいあなた、
絶えず変わりゆく空にあって、決して変わることのないあなたに深く頭を垂れるのです。
II
影を生み出す方、影を滅ぼす方、国から国へと光を放つ方、
あなたの無数の桂冠詩人たちが、あなたを王と称える森の詩をお聞きください。
鳥はさえずり、花は開き、そして青空の下の人々は、
時を刻む炎の中の時を超える御方を崇めて跪くのです!
2025.11.4
*ヘンリー・ブロフマン(1838-7878、東洋学者)はアブル・ファズル(1579-1602、宮廷歴史家)がアクバル帝(1542-1605、ムガル帝国皇帝)の統治について書いた「アイン・イ・アクバリー」を英訳しました。史実ではサリーム(後のジャハーンギール帝、1569-1627)は酒とアヘンに溺れ、アブル・ファズルを殺し、アクバル帝との親子仲は悪く、皇帝として無能だったと評価されています。なお、有名なタージ・マハールを作ったのはサリームの息子です。ピタゴラス一派は天体が音楽を奏でていると考えていました。アブー・サイード(イブン・アブル・ハイル、967-1049)はイスラム神秘主義の詩人です。
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/deathofoenone/akbarsdream.html