The Daisy ヒナギク

 

The Daisy ヒナギク

エディンバラにて

 

ああ、愛する人よ、椰子の木と
南の松の木の地で/椰子の木、オリーブのオレンジの花、
 アロエ、トウモロコシとブドウの地で、
君と私はなんという時間を過ごしたことだろう。

テュルビーの山道の廃墟はいかに
ローマの力を示していたことだろう/
 その下で日なたぼっこをする小さなモナコ市が
いかに、宝石のように、輝いていたことだろう。

いかに豊かにブドウ畑の奔流が
岩だらけの谷を駆け下って、
 太陽と、夏の大波がうねる
陽光きらめく水に出会ったことだろう。

砂浜のそこかしこに
乳白色の釣り鐘のようなアマリリスが咲く/
 湾のそばには、孔雀の首の色の
なんと細い鐘楼が建っていたことだろう。

いかに、若きコロンブスが、今も存在する
故郷の森をさまよっているように思えたことだろう/
 今や、蛇腹のような山の高みから見下ろし、
そして今や、紫の入り江を出て、

今や静かに海辺を速足で行き/
ついにコゴレートの
 狭く、薄暗い通りで私は馬車を停め、
そして乾杯した、彼のために乾杯したのだ。

何が最も私たちを喜ばせたのかは、分からなかった、
ご自慢の手入れされた椰子の木ではなかった/
 それは遠くの景色、幸せな小さな村、
海岸の朽ちた城だったのか、

あるいは塔、あるいはオリーブの緑の中に現れる
高い丘の上の修道院/
 あるいは海に囲まれたオリーブの葉裏の色の岬/
あるいは砂利に覆われた静かな急流の川床を、

キョウチクトウが赤く染める
熱い峡谷のバラ色の開花だったのか/
 それを渡りながら、しばしば私たちは
はるかな山の頂きの氷の輝きを見た。

私たちはそのホールを愛し、白く冷たかったけれども、
あの壁龕に設置された高貴な彫像の数々、
 君主のような人々の畏怖すべき君主たち、
古の重々しく、厳格なジェノヴァの人々を愛した。

フィレンツェでも、私たちはあの長い画廊で/
新緑のカッシーネ公園のドライブや
 ボーボリ庭園の木陰の散歩で
なんという黄金の時間を過ごしたことだろうか。

陽光きらめく甘美な塔やドゥオーモや宮殿は、
明るい小さな絵のように、それぞれが完璧だった、
 糸杉の並木道の都市が
私たちの足元で、いかに輝いていたことだろうか。

しかしロンバルディア平原を通った時の、
雨がどんなに厄介だったことだろう/
 レッジョの雨、パルマの雨/
ローディ、雨、ピアチェンツァ、雨。

そして厳かで(日差しがないことを)悲しんでいるように見えた
ロンバルディアの壮大な建築物/
 獅子を戴いたポーチの柱、
そして薄暗い、古い、列柱のある側廊。

ああ、ミラノ、ああ、歌う聖歌隊、
燃える炎のような巨大なステンドグラス、
 その高さ、その広がり、その暗闇、その栄光!
大理石の山、百の尖塔よ!

夜明けに私は屋根に登った/
目の前でアルプスが朝日を浴びていた。
 沈黙の像、そして像を持つ尖塔の間に
それらと同じく私は無言で立っていた。

千の繊細な影を持つ谷と
金色の空気の中で雪に覆われた谷間を抱えて
 そびえ立つモンテローザが
いかにほのかに赤らんで、いかに幻想的に美しかったことだろうか。

にわか雨と嵐と強風が湖の限界を超えて荒れ狂い、
すべてが水浸しになっていたコモに
 私たちがどのようにして、ようやく到着したか/
そして曇り空の下、

どのようにコモを去ったかを思い出そう、
テオドリンダ女王の城下の
 あの美しい港まで、湖水三角をよろよろと
進んで行った半日の間ずっと、私の頭の中では、

ウェルギリウスの豊かな農耕詩の
「ラリ・マクスメ」の調べが、
 バラードのリフレインのように響き続けていた、
あの港で私たちは眠った/

あるいはほとんど眠れずに、起きたまま
月明かりの中で揺れる糸杉を、
 テラスの上から月明かりが照らす
湖上の背の高い一本のリュウゼツランを見ていた。

他に何があっただろう?私たちは最後の別れを告げ、
そして雪のシュプリューゲンを馬に引かれて上がって行った、
 しかし峠の一番上に着く前に
私はヒナギクを摘んで、それを君に渡した。

それはその時、私にイングランドを思い出させ、
そして今、それはイタリアを思い出させる。
 ああ、愛する人よ、私たち二人が海を越えて
夏の国に行くことはもうないだろう/

君が腕に抱いているとても愛しい命は
お金を欲しがって泣いているようだ:
 しかし今夜、この暗い都市で、
病んで疲れて、一人で凍えていたとき、

それは硬く、乾いて、押しつぶされていたけれども、
君が貸してくれた小さな本の
 君がそっと挟んでおいてくれた場所に
この別の空の幼子がいるのを私は見つけた:

そして私は曇ったフォース湾を忘れ、
天地を悲しませる陰鬱さを忘れ、
 辛辣な東風、霧の深い夏、
そして北の灰色の都を忘れた。

おそらく、胸の疼きを鎮めるために、
おそらく、空虚な心を満たすために、
 おそらく、君がまだ私のそばにいると夢想するために、
私の空想は再び南へと飛んだ。

 

 

2025.11.22
・モナコ近郊のテュルビー村にはBC6年のアウグストゥス帝の戦勝記念碑(Tropaeum Alpium)があります。
・コゴレートはジェノヴァに近い、コロンブスの故郷です。
・ジェノヴァ近郊の山間にはアックアサンタという温泉地があります。

・フィレンツェの長い画廊とはウフィツィ美術館に続くヴァザーリの回廊のことです。
・ロンバルディアの壮大な建築物とはミラノ大聖堂のことです。
・ラリ・マクスメは農耕詩でのコモ湖の呼び名です。
・湖水三角とはλ状の形をしたコモ湖の∧部のことです。
・テオドリンダ女王(570-628)はランゴバルド人の女王でした。
・シュプリューゲンはコモ湖からアルプスを越えるときのイタリアとスイスの国境です。
・テニスンと妻エミリーは最初の子を死産した後、1951年にイタリア旅行をしました。1952年には次の子供が生まれています。
・フォース湾はエディンバラの北に面しています。
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/maud/daisy.html

| カテゴリー : テニスン | 投稿者 : 上田エリヤ