The Church-Warden and the Curate 教区委員と副牧師

 

The Church-Warden and the Curate 教区委員と副牧師

 

これは私が幼少の頃にスピルスビーとその周辺の地域で使われていた方言で書かれています。

I.
おや?こんにちは!こんにちは! 今日は気まぐれな、ひどい天気ですが!そして私の干し草は半分しか刈れていませんが!

II.
農場はうまくいっていますかって?全然です、実際、うまくいっていません!
まったく、カブは半分が病気になり、雌馬は膝を折り、
そして豚は秋に売れず、子を産んだ牛は死んでしまいました、
そしてなぜ死んだのか分からなくて困っています、しかし、いずれにせよ、羊毛は値上がりしています。

III.
それで、あなたが教区牧師になられたのですね、心配いりません、うまくいきますよ。
なぜならこの教区では私が十五年も教区委員を務めているからです。
ええ―教区委員あっての、牧師やその他なのです、
そしてお互いに助け合っていれば、教会が倒れることはありません。

IV.
私はかつてバプテストで、十分の一献金と地方税に反対していましたが、
それは狭い門から入るための一番近い道ではないと気づきました。
そして私は彼らに我慢なりません、我慢なりません、なぜなら彼らは今年大勢でやって来て—
その時私はリウマチで寝込んでいたのですが—そこの私の池で自分を洗ったからです—
だから私は命の限り、ツタのように古い教会にしがみつくつもりです、
なぜなら彼らは私の池で罪を洗ったからです、そして牛を毒で殺したのではないかと疑っています。

V.
ええ、そそれであなたは主教にお会いになりましたね。あの人は何もないところから身を立てたと言われています—
商人の生まれなのです。だから彼が何か思っても、その半分も言わないことは請け合います、
しかし、彼は満足がゆくまで腹ばいになって、這いずり回りました、
そして大伯爵の娘と結婚して、主教の座に座っています。

VI.
さて、少々私の考えをお話しますが、お気を悪くしないで下さい、
あなたは今、百エーカーの知恵を持つ大した学者になられたからです—
しかしあんなに手に負えない若者だったのに—いや、いや—私はよく覚えています、
あなたは決して舌を黙らせることがありませんでした、そして舌は地獄の火です、
今日、妻が猫に皿を、そしてもう一枚を私の鼻に投げつけたとき、
私が彼女に言った通りです。あなたはそこまで酷くはありませんでしたが。

VII.
しかしある日、ハウラビーの小川であなたがマスを手づかみしていたのを覚えています、
そして監視人があなたを見て、追いかけました、そして「小僧、出てこい」と怒鳴りました。
そしてあなたは堂々と小川の上に立ち上がって、彼に身の程を知れと言いました。
そして田舎者と呼びました、そう呼んだのです、そしてその顔に魚を投げつけました、
彼は七面鳥のトサカみたいに赤くなりました、しかし、そのときそこで
私は彼をなだめました、あなたはもう二度とそんなことをしない、と請け合ったのです。

VIII.
そして、あなたが八歳の時、私は私の庭であなたを捕まえました、
そしてあなたのポケットいっぱいに私のリンゴが詰め込まれているのを見つけました、
そしてあなたは飛び切り生意気で、私を狂わんばかりに怒らせました、
しかし私はあなたに「持っていきなさい、どうぞどうぞ」と言いました、あなたが牧師の坊ちゃんだったからです。

IX.
そして牧師はすべてを聞いて、それから私に親切になりました、
そして私は教区委員に選ばれ、上流階級のお屋敷と仲良くさせていただき、
そして彼らが私を貧しい人々の助け手としてくれたので、
私はこれまでのどんな教区委員よりも日曜日の献金皿をいっぱいにしましたし、
もしあなたのお父さんに腹を立てたとしても、子羊のように大人しくしていたので、
木のてっぺんにまで登りつめたのです、
そして主のみ恵みによって、ハリーさん、今の私があるのです。

X.
しかし牧師は仰るでしょう、ええ、あの人はもう六十七歳です、
オウルビーとスクラットビーを出るなら、もう天の王国以外に行くところはありません。
そしてあなたはここで副牧師になられるでしょう、しかし、もしあなたがより高みを目指すなら、
世間の罪に取り組んで、決して大地主の過ちに取り組まないことです、
そうしないなら、あなたはどこかの荒野か湿地で生きていくことになるでしょう、
もしあなたが上の人たちの機嫌を取り、心の内を人に語らず、
思ったことを決して口にしないなら、もしあなたが少しでも昇進したいなら、
生け垣の下を這いずり回りなさい、そうすれば、いつか主教になれるでしょう。

XI.
いや、しかし、ここのバプテストたちには話をしていただかなければなりません、
彼らのほとんどは十分の一献金に反対するので、彼らを説得してほしいのです。
彼らは私に説得してきたからです、本当です、そして私は今、彼らを憎んでいます、
彼らは私の池にひどい罪を残し、牛を毒で殺したからです。

 

 

*イングランドでは全国が英国国教会の教区に分けられています。バプテスト派は国教会から分離した一派で、洗礼を重視し、個人の良心の自由、政教分離、牧師と信徒の平等を掲げています。前文にある通り、原文はリンカーン州スピルスビーの古い方言で書かれています。
2025.11.15
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/deathofoenone/churchwarden.html

Columbus コロンブス

 

Columbus コロンブス

 

鎖です、我が君よ:眉を吊り上げられているのは、
私たちが身に付けているものに、いささか驚かれたからでしょうか。
私たちが黄金の島から持ち帰ったのは、この鉄なのです。

 王は、かつて王御自ら玉座から立ち上がられ、
臣民の前でご自分のご兄弟になさるように
挨拶を賜られた者に、
もったいなくも殿下が謁見を賜られることをご存知なのですか?

 バルセロナでは―まだ髭も生え揃っておられない
殿下に拝謁いたしました。ええ、あの街は私を迎えるために
飾り立てられ、私の名を歓呼しておりました/王と女王は
私に席に着いて話をするように、そして私の航海について
すべてを物語るようにと仰せになりました。私が話し出すと、
「静まれ!」という声で群衆の歓呼は収まりました。
そして私が話し終えると、王と女王は玉座から降りられ、
未知の領域で私を導いて下さった神を讃えて、
涙に濡れて、跪き、手を挙げて、心から跪かれました。
そして「讃美歌」が高らかに天に昇りました。

 大洋の提督に鎖です!鎖です、
聖ヨハネが私について預言した通り、
新しき天、新しき地を与えた者、
スペインの王たちにそのすべての戦いよりも
多くの栄光と帝国を与えた者に!鎖です、
沈む太陽にその舳先を向け、
西を東にし、竜の口を航海し、
世界の山にたどり着き、
楽園から流れ出る川を見た者に!

 鎖です!私たちは、私たちと私たちの息子たちは
永遠に、大洋の提督なのです。フェルディナンド陛下と
私たちの聖なるカトリック女王が署名された―
大洋の―インディアスの―提督という―
私たちが決して譲るつもりのない私たちの権利、
私たちが成したことのみならず、
私たちが成していたかもしれないすべてのことへの報酬―
私たちのより力強い人生の広大な機会―
十八年間、うちスペインでの七年の歳月が
失われたのです、後世において乳飲み子でさえ
学ぶことになる―地球は球体であるという―真実を
諸宮廷と諸王にお示ししたにもかかわらずです。

  殿下はサラマンカにお出ましになったことがおありですか?ない。
私たちはそこでスペインのすべての学識、
彼らのすべての宇宙論、天文学的憶測に触れました、
しかし、黄金の憶測は完全な真理の環への明けの明星です。
憶測ではない!私は自分のゴールを確信しました/
それを異端とした者たちがいました、しかし、間違っていました。
ダビデ王は天を獣皮、大地を覆うテントとした、
したがって、この大地は平らなものである:
ある人々は古のラクタンティウスを引用しました:木々が
下向きに伸び、雨は上向きに降り、人間が天井に張り付く
蝿のように歩くことなどあり得るのか?一方、
偉大なアウグスティヌスは熱帯で
息をできる者などいない、と書いています/二人のアダムがいて、
二つの人類があると言うのなら、それは神の御言葉に
真っ向から反しています:こうして私は打ち負かされ、
そして主に教会によって意気消沈させられました。
そしてスペインに背を向けて、再びフランスや
イングランドに訴えようと考えました/しかし、私たちの女王は
私を呼び戻してくださいました。ついに陛下方は、
この大地が球体であることを半ば確信されたからです。

 すべての祝福された父と子と聖霊にすべての栄光あれ、
祝福された私たちの主の母、そして聖なる教会に
すべての栄光あれ、私はこれらから毛一本ほども
異端へと逸れたことはありません、
私は、成し遂げるために来たことを、成し遂げたのです。

 まだです―まだ申し上げることがあります―昨夜、夢を見ました―
最初の航海で、最初の乗組員の恐怖、
その悪態と呻き声に悩まされた夢です。
テネリフェ島が上げる巨大な炎の旗、
古い友人のように、私たちの最も大切な時に
裏切って乗組員を怯えさせたコンパス、依然として
西へ吹く風、そして海藻の生い茂る海―ついに、
陸鳥、そして実をつけた枝、
彫られた杖―そして最後に光、
グアナハニを照らす光!しかし私はその名前を変えました/
サン・サルバドルと呼ぶことにしたのです/そして私が見つめていると
光は段々大きくなって―あの異国のヤシの木、
あの美しい新たな自然の驚異―あの
インドの島ではなく、私たちの最も古い東、
モリアとエルサレムの上に明けてゆく
広大な空を現しました/そして私は主の栄光が閃いて、
ジャスパー、サファイア、カルセドニー、エメラルド、
カーネリアン、サルディウス、クリソライト、ベリル、
トパーズ、クリソプラズ、ジャシンス、アメジスト
―そしてあの十二の真珠の門―からなる懐かしい町を
照らし出すのを見ました、私は目覚め、そして思いました―死―死ぬのだと―
私は子羊の書に記されていて、太陽も月もない、
完全な光、主の栄光の中を歩くのだと―しかし、違いました!
主が私にこの明るく奇妙な夢を送り賜ったのは、
スペインがムーア人と戦争していた時の
私の秘密の誓いを思い出させるためだったのです―
私はスペインとともにムーア人と戦っていました。
そのとき、墓の中から二つの声が聞こえてきました、二人の修道士が、
もしスペインがイスラム教徒をその国境から追い出したなら、
エジプトの凶暴なスルタンがキリストの聖なる墓を破壊し、
荒廃させるだろうと叫んでいたのです/そこで私は誓いました、
もし我が君主たちが私の願いを聞き入れて下さるなら、
あの新世界から私が持ち帰るいかなる富も、
この古い世界で、サラセン人に立ち向かう新たな十字軍を率い、
聖なる墓を解放するために捧げます、と。

 金ですか?もし放っておいて下さっていたなら、私は殿下の王子様たちに
十分な金をもたらしていたでしょう!ただのジェノヴァ人でしかない私は、
ムーア人であり、そして大都の城壁を突破し、
大ハーンの宮殿をムーア人に与え、
あるいはプレスター・ジョンの聖なる王冠を掴んで、
ムーア人に投げ与えたよりも
酷い扱いを受けています:しかし、もし私がソロモンが遠征して、
今や富を回復したオフィルからソロモンの船団が持ち帰ったものと
同じ金を持ち帰ったとしても、それは私を富裕にしたでしょうか?
スペイン王家の紋章を私のそれに組み込んで頂いたとはいえ、
私はスペインの青い血を持っていません。スペインの青い血と黒い血、
カスティーリャの貴族と囚人が、イスパニョーラ島から
私を追い出したのです/ご存知のように、家では、
最も高い頭の周りを常に飛び回り、遠くで
こっそりと真実を囁く蝿ども―これらが私と私たちの賢明な王を、
私たちの義なる女王さえをも―あまりにも苛立たせ、
私は、あまりにも中傷されたので、私と私の中傷者との間に
裁きを下すために―重みと価値のある人物を任命してくださるように懇願したのです―
フォンセカは宮廷における私の主敵です、
両陛下は私に彼の道具であるボバディッラを送られたのです、
獣のように無知で無能な者を―
愚かで不敬で、思慮がなく貪欲な者を―彼は
私の住居を略奪し、私の書類を没収し、私の捕虜を解放し、
王室への反逆者を養い、王室の農場をただ同然で売り払い、
すべての者にほとんど自由に鉱山を去ることを許可し、
私と私の善き兄弟たちを鎖で縛って本国に送り、
そして容赦なく金を集めたのです―一つの塊は
四千カステリャノス近くの重さがありました―彼らが
私にそう言ったのです―それが彼を深い海に沈めたのです―
その地方のハリケーンが彼に襲いかかり、
私たちが発見した海が彼と彼の金にのしかかって/華奢な小帆船は、
私のものだった金と一緒に、幸運にも岸にたどり着きました。
そこには神の御手のしるしがあったのです。

          そして神は
私にそれ以上のしるしを与えられました。おお、我が君よ、
誓います、私はベラグアの黒い夜の
雷鳴の間に、声を聞いたのです、
「信仰の薄い者よ、なぜ信じようとしない!
私はお前が生まれたときから、お前とともにいたのではなかったか?
私はお前に大洋の鍵を与えなかったか?
お前に時の終わりまで続く栄光を与えなかったか?
私がお前を欺いたのか、それとも世界がお前を欺いたのか?
耐えよ!お前は人々のためにあまりにも良いことをしたので、
人々はお前を非難するのだ:私の息子にも
そのようにしなかったか?」

          そして一度ならず、
疑念と雲と嵐の日々の中で、希望が溺れてほとんど
視界から消えそうになった時、私はその声を聞きました
「落胆するな。私はお前の手を引いて導いている、
恐れるな。」そして再び私はその声を聞くでしょう―
主が私の人生のすべてを導いてくださったことを私は知っています、
私は再びその意志—声―を遂行するために
まだ老い過ぎてはいません。

          それでもなお、我が君よ、
捨てられ、追いやられ、宮廷と王に嘲笑されて、
私は一人ここに横たわっています―
最初に発見した者が飢え―後追いをした者たち皆に
富の花が咲く―そういう世の中です―そして私は、
自分のものと呼べる屋根もなく、
さらに食物を買う小銭さえなく、
そして、私が悪党の群れのために
いかなる西への扉を開いてしまったかを見ています、そこを通って
殿下のスペインの欲望、悪徳、暴力、貪欲が、
あのすべての幸福な裸の島々に流れ込んだのです―
殺されるか奴隷にされたその親切な土着の王たち、
スペイン人の愛人になったその妻たちと子供たち、
血に沈んだその無邪気な歓待、
空腹で死んだ者、鞭に打たれて死んだ者、
重労働で死んだ者、自ら命を絶った者―
ええ、愛情深い母親たちは、スペインへの憎しみゆえに
気が触れて、胸に抱いた乳飲み子を殺してしまうのです―
ああ神よ、イスパニョーラの島の楽園で
私たちが見つけた無垢な人々!
彼らは私たちを天から降った神々だと思ったのです、
そして私たちは彼らを地獄の悪魔に引き渡したのです/
そして私自身、私自身にも罪がないわけではありません、
時々、私は先頭に立たない方がよかったと思うことがあります。

 ただ、私たちの聖なるカトリック女王の幻だけが、
私に微笑みかけ「慰められよ!
この信条なき人々はキリストのもとに連れてこられ、
ローマの聖なる統治を受け入れるであろう」と仰るのです。

 しかし、十字架をそこに運んだ私たちが、
十字架が嫌悪する罪を食い止めたがゆえに、
私たちのインディアスにおけるローマの代理人である、
あのカタルーニャの小修道士によって破門されるなどと
誰が夢に見たことでしょうか?私たちのスペインへの忠誠の
この硬い記念品が、宮廷のいかなる友人よりも長い間、
私たちの傍にいるなどと誰が信じるでしょうか?しかし、
お許し下さい―酷過ぎます、不当です、私は苦痛に苛まれています。

 ご覧ください、それは私のベッドから垂れさがっています、
それを私の墓に埋葬してもらいたいと思っています。

 殿下、神御自らのお声だけが死者の無実を証明できる
急速に移り行く時代の中で―おそらく、
かつて地球上で最も騎士道精神にあふれる種族だったスペイン、
地球上で最も強大で富裕な王国だったスペイン、
私がそのようにしたスペインが、私を掘り起こし、
この古いスペインの、あるいは私がスペインに与えた
より広大なスペインの聖堂に私を安置しようとするでしょう。
すると、私の墓の傍らに立つ誰かが言うでしょう。
「クリストファー・コロンの骨をご覧なさい」―
「はい、しかしあの鎖は何を意味しているのですか―鎖は?」―
その時、答えねばならない
その親切なスペインの子は哀れです「その骨は、
その鎖に縛られて、彼が世界のために
鎖から解き放った大西洋の上を送り返されたのです。」

 天国から地獄と煉獄の魂をご覧になっている女王よ、
彼らとまったく同じく
私は苦しんでいます―今のところは。お待ちください、
私の息子がすぐにここに参ります:息子は
骨と骨をすり減らし、痙攣しながら話す私よりも
上手く話をしてくれるでしょう。
お待ちください。もう一言だけ。

 殿下は宮廷で。私を弄ばれる
フェルディナンド王に是非ともお伝えいただきたいのです、私の人生は
王や取り巻き貴族たちとの遊びではなく
―難破、飢餓、熱病、戦闘、暴動、―見過ごされ、黙認された―裏切りでした、
私は死ぬまで王に忠実であって、準備ができています―我らが聖なるカトリック女王―
私の最初の航海のために喜んでご自分の宝石を質入れされ、
私がカトリック信仰を広めることを希望とされ、
鎖とともに戻ってきた私と一緒に泣いて下さり、
今や祝福された聖母の隣に座っておられ、
そのために私が昼も夜も祈りをお捧げしている―
女王は崩御してしまわれましたが―しかし陛下に
お伝えください、私は痛風に苦しみ、
陛下への奉仕ゆえの痛みに悶えながらも、
最後の航海に出る準備ができております、
そして、もし王が聞き届けて下さるのならば、
サラセン人に対する新たな十字軍を率い、
そして聖なる墓を捕囚から救う準備はなおさらできております。

 行ってしまわれるのですか?私は老いぼれて、軽んじられています:殿下が
ここにいらっしゃるには勇気が要ったことでしょう?ささやかな感謝を捧げます!
私はただの外国人、そしてジェノヴァ人でしかありませんのに。

 

 

2025.11.14
・コロンブスを支援したのはフェルディナンド2世とイザベル1世のスペイン両王でした。
・コロンブスは入植者に讒言され、1500年に査察官に逮捕されてスペインに送還され、全ての地位を剥奪されました。
・グアナハニはコロンブス到達時のサン・サルバドルの現地名です。
・ジャスパー、サファイア…の町とは黙示録に予言された新エルサレムのことです。
・プレスター・ジョンは中世に存在が噂された東方の強大なキリスト教国の君主です。
・オフィルはソロモン王が紅海から船出して大量の金を持ち帰った地で、その場所には諸説あります。
・ベラグアはスペインの中央アメリカ植民地の呼び名です。
・カステリャーノはスペインで金のみに使用された単位で、1カステリャーノは約4.9gです。従って四千カステリャノスは約19.6Kgです。
・史実ではイザベル1世は1504年に崩御しており、コロンブス逮捕の時はまだ存命でした。コロンブスが話しかけている相手は、その子供がprinceと呼ばれているので王の子であり、髭があるので男性と思われます。カトリック両王の男児はフアン・デ・アラゴン・イ・カスティーリャ(1478-1497)だけですが、1497年に死去しており、史実とは一致しません。
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/ballads/columbus.html

| カテゴリー : テニスン | 投稿者 : 上田エリヤ

A Character ある人物

 

A Character ある人物

 

夜空をちらりと見上げながら
彼は言った「この極めて
複雑な宇宙の迷走は、
私に万物の無意味さを教えてくれる。」
しかし、いかなる被造物も彼の目の底の
向こう側を見ることはできなかった。

彼は美を語った:愚か者は
草に神性を見ず、死んだ石に命を、
空中に精霊を見ない/
それから、鏡を見るように、
彼は顎を撫で、髪を撫でつけ、
大地は美しいと言った。

彼は徳を語った:神々でさえ、
パラスとユノの隣に座っていたとき
魅了したいと思わないほど純粋ではなかった。
そして、大袈裟な身振り、手振り、
どんよりと死んだような青い目で、
流麗な弁舌を振るった。

最も繊細に、飽きもせずに
彼は人間の神秘を論じた、
そして、風がその目にその自賛を
吹きかけるかのように、絹の上を歩いた、
そして、虚弱な想像力とともに
他人の心から遠く離れて立っていた。

柔和さを装って唇を下げて、
彼は自分を自分に売った:
自分で自分を養ったのである:
静かに、情熱なく、冷たく、
そして、彼が掲げる信条とは裏腹に
晴れやかで滑らかな彫像のような顔つきをして。

 

 

・使徒団のメンバーの一人がモデルとされています。
2025.11.10
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/juvenilia/character.html

Early Sonnets 初期の十四行詩

 

Early Sonnets 初期の十四行詩

 

I.
To — 啓上

私たちが目を伏せて、じっと物思いにふけり、
前世の考えに傾き、あるいは混乱した神秘の
相似の夢に深く落ちてゆくようなとき/
どちらかがただ話したり、咳払いしたり、椅子を動かしたりするだけで、
驚きはどんどん大きくなって、「これらはすべて以前にもあったことだ。
いつ、どこでかだったかは分からないが、
これらはすべてあったことだ。」とまで言うようになる。
だから友よ、あなたに初めて会ったとき、
まるで合わせ鏡がお互いを映し出すように―
とても真実に―私たちの思いは
いつ、どこでかだったかは分からないが、
あなたには何度も会ったことがあると、
お互いがお互いの心と言葉の中に生きていたのだと、
互いに答えを出し合っていたのだ。

 

 

II.
To J.M.K J・M・K様 啓上

私の希望と心は君とともにあります―君は
第二のルターになり、戦う聖職者として、
主の宴から教会の強欲な者どもを追い払うでしょう/
埃をかぶった私たちのベルベット服は、君の助けを大いに必要としています:
君は、虫に食われた説教から抽出された、
古臭いことわざをだらだらと語る安息日の説教者ではありません/
しかし、君は神聖な安息日の半分も続いて、
疲れ果てた書記に机の下で舟を漕がせる、
眠気を誘うような蜜蜂の羽音を説教壇から聞くことを厭い、
そして、鉄の言葉で固めた論拠によって自らの大義のために戦い、
それを守り抜くため、燃えるようなエネルギーで
心に拍車をかけているのです。
天の玉座に座しておられる方は暗闇に向かって
稲妻の矢を放たれるでしょう。私は立ち止まってそれを見守ります。

 

*ジョン・ミッチェル・ケンブル(1807-1857、歴史家)はテニスンのケンブリッジ大学時代の友人で使徒団のメンバーでした。その初期の熱意をテニスンは称賛しましたが、結局のところ彼が宗教界に大きな影響を与えることはありませんでした。

 

 

III.

私の精神の力は、まるで轟音とともに
水源から噴き出し、野原に落ちてこだまを響かせ、
まさにその勢いとともに、ただひたすら流れ下る広大な川のように、
満ち溢れて、自由奔放である:―
それは力を増しながら、
町や塔、丘や岬、島々を通り過ぎ、
緑の塩の海の真ん中でも、何マイルにもわたって
その青い水を清らかに保つ。
私の力は、常にその支配力によって
賢明な者をたちまち魅了し、
やがては相容れない魂にも流れ込むだろう/
あたかもフロリダの偉大な湾流が、
メキシコ南部の豊かな恵みを
遠い北の海へと運ぶように。

 

 

IV.
Alexander アレキサンダー

神の戦士よ、その強き右腕は
その太守がシリアの門イッソスで血を流し、
あるいはメムニアのナフサ鉱山を越えて逃げ去って
永遠の恥辱を被った時、
ペルシャの王座を辱めた—
あなた(その足跡は砂に消え去った)は
二匹の、対等な王冠を戴いて滑ってゆく蛇に導かれ、
砂漠の中のヤシの木が茂る泉のほとり、
アモン神のオアシスへと喜び勇んで進んで行った。
カミアンの神託所はひっそりと月桂樹の木陰に、
その未知の神秘を隠していた:
そこで語られた高貴な言葉は、誰にも伝えられることはなかった/
ただ秘密の聖所から、頬を紅潮させ、瞳を輝かせながら
戻ってくるあなたの姿だけが見られたのである。

 

*アレキサンダー大王(BC356-323)はBC332年、リビアのアモン神殿を訪れて神託を受けました。

 

 

V.
Buonaparte ボナパルト

彼は樫の木のような頑強な心を鎮めようとした、
狂人め!—鎖で縛り、縄で繋ぎ止めようとしたのだ、
インドからインドまでの海と陸を支配するあの島の女王を。
しかし、昼日中に、彼は目を覚まされられた。
木の城壁から―確かな手によって火をつけられた―
ブリテンの砲火が次々と轟いて、稲妻と雷鳴と煙とともに、
コプトの砂浜に打ち寄せる波を鎮めたのだ。
エルシノアが遠い海原に響く戦いのうめき声を聞いた時、
打ち砕かれた帆柱と
突然上がる火の手で揺さぶることによって
私たちは彼に謙虚さを教えた/私たちは
もう一度、トラファルガーで彼にそれを教えた/ギデオンに
茨で懲らされた者たちのように、遅ればせながら、
否応なしに、彼は謙遜を学んだのだ。

 

・コプトはエジプトのことです。ナイルの海戦は1798年です。
・エルシノアはデンマークとスウェーデンの間の海峡の町で「ハムレット」の舞台でもあります。1801年のコペンハーゲンの戦いへの言及です。
・トラファルガーの海戦は1805年です。
・古代イスラエルの士師ギデオンは、戦いに協力しなかった町の指導者たちを茨で懲らしめました。

 

 

VI.
Poland ポーランド


おお神よ、いつまで人は踏みにじられ、

最も卑劣なる者たちに
虐げられなければならないのでしょうか?聖なる血は野を覆い尽くし、
煙を上げる町々はあなたに
叫び声を上げ、ポーランドの心は
震え続けることを止めません。東方のあの傲慢な野蛮人が
その広大な領土の外に新たな王冠を求め、
暴虐の力がさらに増大することを恐れているのです―
叫んでいます「主よ、いつまで続くのでしょうか?
いつまでこの冷酷なモスクワ人による
私たちへの抑圧が続くのでしょうか?」正義にして慈悲深き神よ、
ポーランドが三つに引き裂かれた時に、笑っていた我々を許したまえ/
正義のために立ち上がらなければならない、今この時に、傍観している我々を許したまえ―
血の涙を流して嘆くべきことです!

 

・ポーランドは十八世紀にロシア、プロイセン、オーストリアに分割され、完全に領土を失いました。ナポレオン戦争後はポーランド立憲王国として国土の3/4をロシアに支配されていました。当初は大幅な自治権を持っていましたが、次第に強権的に支配されるようになり、1830年に蜂起が起こりましたが鎮圧されました。

 

 

VII.

その細い手に愛撫され、たしなめられ、
あれこれと、とりとめもない唄を歌いながら、
軽やかな「希望」は「美」が呼びかけるときには舞い下りて、
あらゆる半音階の間を駆け抜けたものだった/
そして、「眠り」が「希望」を薔薇色の帯で縛りつけると、
「空想」がやって来て枕元に座り、
絶えずまとわりつくブヨを追い払って、
妖精の国から聞こえる歌で目覚めさせたものだった。
しかし今や、それらが「美」とともに生きることは少なくなった。
「希望」はもはや元の「希望」ではなく、彼方をさまようばかり、
舌もつれで甘美な愛の誓いを囁くこともない/
そして、夕暮れに葦原の地平線の下に沈む
一つ星よりも哀しい「空想」は、
不幸な「空想」は、荒野で寝ずの番をしている。

 

 

VIII.

その姿、その姿こそが雄弁なのだ!
ただ踊り、歌い、華やかに着飾り、あらゆる手を尽くして
皆の視線を集めることよりも高貴な願いが、
彼女の胸を騒がせたりはしないのだ/
しかし、私たちがくるくるとダンスしているとき
かつて私の心から平穏を奪った
あの美しい胸が、そのとても近くにあることに気付いて
私の空想は一瞬、至福に包まれた。
一瞬、優しい涙が、
かつて心を揺り動かした願望の幻が、
いかなる微笑みをもってしても取り戻せない情熱の亡霊が現れた―
ああ!思わせぶりな女よ、彼女は人を愛することができない、
たとえ、その足元に千年間キスしたとしても、
彼女はただ称賛を受け入れるだけで、気にも留めないだろう。

 

 

IX.

彫刻家よ、あなたは目の前に横たわる
死者の顔型を取るために涙を流しているのか?
ああ、青ざめた画家よ、あなたは記憶の中の
亡き友を描いて、過去を嘆いているのか?
泣き続けよ/愛はその対象よりも長く生き続けられるのだ。
その対象が生きているなら/私にはなおさら泣く理由がある:
私の涙は、愛の涙ではない、とめどなく流れ落ちる涙は、
愛の涙ではなく、愛が消えてしまうかも知れないことを嘆く涙なのだ。
私はそれと、陽気な乾杯などしない。
それが座っている隣には座りたくはない―
ああ、哀れみよ―それを声に出してはならない、
それは大地に囁いて、秘密の死とともに、
緑のクリスマスが疲れ果てた骨を満たす
穴の中に永遠に閉じ込めてしまえ。

 

*クリスマスに雪がない、温暖な冬には疫病が流行って大勢の死者が出るとされていました。

 

 

X.

もし私が、望み通りに愛されるなら、
この広大な地球上に、そして生と死の間の
あらゆる悪の中に、恐れるべきものなど
あるだろうか―もしあなたが私を愛してくれるなら?
もしあなたが私のものになるなら、まるで伝え聞く
どこかの大海原の底の、苦い塩水の中に湧き出る真水の泉のように
清らかな愛は、内なる世界と外なる世界の
あらゆる苦しみを突き破り、切り裂くだろう。
たとえ、新たな洪水が千の山々から押し寄せて、
轟音を立てる何マイルもの泡を、眼に見える限り
はるか下まで広がっている谷底に投げ込もうとも、
遠く離れた山の上で二人きり、手に手を取り合って、
―静かに―あらゆる苦しみから解き放たれて、死を待つことは
恐れではなく、喜びだろう。

 

 

XI.
The Bridesmaid 花嫁介添人

ああ、花嫁介添人よ、幸せの絆が結ばれる前に、
あまりにも泣いたせいで、君の目はほとんど見なくなっていた/
君の姉は微笑んで言った、「私のために泣かないで!
幸せな花嫁介添人は、幸せな花嫁になるわ。」
そして、夫婦が肩を並べて立っていると、
愛が上機嫌で二人の間に降りてきた、
そして、左の肩越しに笑って言った、
「ああ、幸せな花嫁介添人よ、幸せな花嫁になりなさい。」
そして私はすぐに心地よい真実を知った。
優しい儀式が君を泣かせているとき、
私は君が隠すことができなかった涙ゆえに君を愛し、
そして君の手を握って、そして君が握り返すのを感じた、
そして考えた、「私は独り寝にうんざりしている。
ああ、幸せな花嫁介添人よ、幸せな花嫁になりなさい!」

 

 

2025.11.8
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/juvenilia/earlysonnets.html#loved

St. Telemachus 聖テレマコス

 

St. Telemachus 聖テレマコス

 

燃え盛る山が、地球を取り巻くほどに高く
猛烈な灰を投げ上げたのだろうか?
キリスト生誕後四百年目の夏、
日ごと血のように赤い夕暮れ時、怒りに燃える夕日は、
もはや太陽神に捧げられていない古い神殿の
崩れ落ちた廃墟の上に立てられた十字架に照りつけ、
さらにその向こうの巨大な斜面を
炎のように染め上げていた。そこで
十字架を立てた敬虔な男、
人々と一言も言葉を交わすことのなかった男、
聖テレマコスが洞窟の中で断食と祈りを捧げていた。
 夕暮れごとに、その痩せこけた隠者は
荒れ果てた神殿を訪れ、
そこで廃墟をじっと見つめ、
しばしば低い声で「ガリラヤ人よ、汝は勝利した」と呟き/
時に神像の砕けた破片を蹴りながら、さらに大きな声で
「ガリラヤ人よ、汝は勝利した!」と叫んだ―しかし、その
不気味な深紅の光に包まれた時—「大地が
西の方で燃えているのか?それとも悪魔の神が
その没落に怒っているのか?」と問いかけ、そして「目覚めよ、
怠惰な夢想家よ。自己犠牲の愛ではなく、
自己抑制の人生を送っている者よ」という答えを聞いた。
そしてある時、影のような戦士たちが月を横切り、
またある時、翼をもつ者が彼の傍らをかすめ、
西の方を指差したように思った、
そして耳元で「ローマ」という囁きを聞いて、
彼は心中で「神のお召しだ!」と叫んだ。
そして立ち上がり、その破滅的な栄光の中へと
ゆっくりと下って行き、百もの夕日と
西へと巡る星々の軌跡を追って/荒野や畑、
異国の言葉を話す町々を通り過ぎ、
旅を続けた/そして夜明けごとに、
 彼の影はローマへと伸びていった。
足を病み、旅に疲れ果てた彼は、ついに目的地、
キリスト教徒の都市にたどり着いた。しかし、そのすべての輝きも、
柱廊に囲まれた宮殿の壁の間を飛び過ぎる、
翼のある姿だけを探す彼の目を
惹きつけることはできなかった。やがて、
恥知らずな笑い声、異教徒の誓い、
そして冗談と、残忍な競技について口論する
頑ななローマ人とともに群衆が通り過ぎていった/
老いと疲労でほとんど耳が聞こえなかった彼は
「神のお召しだ」とつぶやきながら、
押し寄せる人々の流れに身を任せ、
まるで引き潮に漂う老朽船のように、
巨大なコロッセオへとたどり着いた。檻の中の獣は、
かつてキリスト教徒の血を求めて咆哮したときのように、咆哮した。
三人の奴隷が死んだライオンを、もう一人は
死んだ男を引きずっていた。彼はよろめきながら中に入り、
何も見えなくなって座り込んだ/しかし、外の真昼の
日光に眩んだ老いた目が、つかの間の暗闇から回復した時、
彼は目を上げ、頭の上から血のように
赤い天幕が揺れているのを見た。
土ぼこりは人間の血の蒸気を立ち昇らせ、
剣闘士たちは戦いに向かい、
八万人のキリスト教徒の顔が、人間が人間を
殺す光景を見つめていた。まるで大きな衝撃が
麻痺した手足を蘇らせるように、
天からの突然の力が、彼を再び少年のように変えた。
彼は飛び上がって、階段を軽やかに駆け下り、
獣と人間を隔てる柵を飛び越え、
剣闘士たちの剣の間に身を投げ出して「人々のために
死なれた御方、イエス・キリストの御名において、
やめよ!」と叫んだ。その直後、死のような静寂が訪れ、
そして蛇の群れのようなシューという音、そして
荒れ狂う海のような轟音、そして彼を打ち殺す石の雨、そして
再び死のような静寂が訪れた。
 彼の夢は世界を目覚めさせる行動になった。
狂乱した群衆が半ば呆然として彼の死体を
見つめる中、あの広大な円形競技場に集まった
高潔な心を持つすべての人々には、恥辱の震えが走った。
彼の死は浴場やフォルムで語り継がれ、
説教者たちは彼の最期の言葉を繰り返し語り、
その言葉は消えることなく響き渡って、ホノリウス帝の耳に届き、
彼は、ローマはもはやこの古代の異教の欲望に溺れ、
人間が人間を殺す血で祭りを汚してはならないと布告した。

(ヨーロッパの統治権を継承したホノリウス帝は、以下の出来事をきっかけに、ローマで古くから行われていた剣闘士の試合を廃止した。禁欲的な生活を送っていたテレマコスという人物が、この目的のために東方からローマにやって来た。そして、その忌まわしい見世物が行われている最中に、競技場に入り、アリーナに降りて、武器を振り回して互いに殺し合う者たちを止めようとした。しかし、この殺戮劇の観衆は、そのような流血を喜ぶ悪魔のような狂気に満ちており、平和を説くテレマコスを石で打って殺してしまった。このことを知った立派な皇帝は、この悪しき見世物を中止させたのである。―テオドレトスの教会史)

 

 

2025.11.5
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/deathofoenone/telemachus.html

By an Evolutionist 進化論者より

 

By an Evolutionist 進化論者より

 

主は人の魂に獣の住まいを与え給うた、
 そして人は言った、「私はあなたに借りがあるのでしょうか?」
すると主は言われた、「まだだ/しかしそれをできる限り清く保ちなさい、
 そうすればあなたをもっと良くしてあげよう。」

I.
もし私の体が獣から来たものなら、私の魂が不確かなもの、あるいは寓話に過ぎないなら、
 朝の太陽が輝いているとき、猟犬や厩舎、
若さ、健康、生まれ、富に恵まれ、そして女とワインを選び放題の私がなぜ、
 より洗練された獣として、官能に身を委ねてはいけないのだろうか?

II.
恐ろしい老齢よ、お前は私に何をしてくれたのだ?拷問台で私の骨を砕く以外の何を?
 遠く離れて見たとき、あんなにも明るい朝に死んでいればよかった!

老齢
お前のために何をしたかって?お前の背中に八十年間しがみついていた獣を餓死させてやったのだ。
 身が軽くなって、星にかかる天国への梯子が上り易くなっただろう。

I.
もし私の体が獣から来たとしても、彼らのものよりいくらか優れているのなら、
 私は後継者であって、ここは私の王国だ。王の声は沈黙すべきだろうか?
いや、もし臣下が反逆して私を玉座から引きずり下ろそうとするなら、
 人間の魂よ、王笏を握れ、そしてお前の獣の領域を統治せよ。

II.
私は老齢の雪山に登った、そして通り過ぎてきた野原を見つめている。
 そこで私は時折、低い欲望の泥沼に体ごと沈み込んだものだ、
しかし今や人生の頂に立ち、さらに高い頂を垣間見て、
 人はついに静かになり、私は獣の声を聞かなくなった。

 

 

2025.11.5
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/demeter/evolutionist.html

Akbar’s Dream アクバル帝の夢

 

Akbar’s Dream アクバル帝の夢

 

カシミールの寺院に刻まれたアブル・ファズルの碑文(ブロフマン xxxii.)

おお神よ、あらゆる寺院で私はあなたを崇める人々を目にし、
あらゆる言語で語られる言葉の中に、あなたを讃える声を聞きます。
多神教もイスラム教もあなたを求めています。
あらゆる宗教は「あなたは唯一無二の存在である」と唱えます。
もしそれがモスクであれば、人々は聖なる祈りを囁き、
もしそれがキリスト教の教会であれば、人々はあなたへの愛を込めて鐘を鳴らします。
私は時にキリスト教の修道院を訪れ、
時にモスクに赴きます。
しかし、私が寺院から寺院へと探し求めるのは、あなたなのです。
異端と正統はあなたのお召しに関わりがありません/
なぜなら、どちらもあなたの真理の幕の後ろに立っていないからです。
異端者にはそれぞれの異端が、正統派にはそれぞれの宗教があります、
しかし、香水売りにとって価値があるのはバラの花びらの粉末なのです。

 

  アクバル帝とアブル・ファズル、夜のファテープル・シークリー宮殿の前で

「諸国民の光よ」と、宮廷歴史家はアクバル帝に尋ねた。
「今宵、陛下の御心を曇らせているのは何事でしょうか?」
すると、アクバル帝は星々を一瞥した後、
ゆっくりと彼の方を向いて言った
「夢の影だ―取るに足らない夢かもしれない。
それでも私は心を天に向け、
その夢に抗って祈った。祈ること、そして行動すること―
祈ること、祈りの通りに行動すること、
その両方がアッラーを崇拝することなのだ。そして、
行動を伴わない祈りは、アッラーの御目には
まるで子を死産して死んでしまう美しい母親のように
弱々しく、色褪せて見えるのだ。私は誓った。
私がいかなる夢を見ようとも、
平和を勝ち取るためにだけ人々を征服する剣が
私に与えた広大な領土の至る所に
正義を行うことを。アッラーよ、私を導きたまえ!
       しかし、来たれ、
私の高貴な友よ、忠実な助言者よ、
私の横に座れ。この庭園は王のみならず、
やがてはヒンドゥスタン全土で
争い合うすべてのイスラム教徒、バラモン教徒、
仏教徒、キリスト教徒、ゾロアスター教徒の
冠を編むために、あちこちの美しい植物から
最も優れた花たちを選り抜いたものだ、
この王の庭園の中で、お前とともにいる限り、
私はもはや孤独を感じない、
 お前の兄弟は神への賛歌の中でこう言った。
『あなたの栄光は知恵を凌駕します。あなたの
完全性に向かおうとする科学のあらゆる道は、
目をくらませる砂漠の砂です/私たちはあなたの
愛のアルファベットの最初の文字さえも、
かろうじて綴ることができるにすぎません』
 神は御自らをご存じだが、人間は自らと神について知らない、
なぜなら、あらゆる宗派の飛散した
欠片は『私は完全な道の上にいる、
他のすべては滅びに向かう道だ。』と叫ぶ。
       バラがハスに向かって
『お前は花ではない』と叫ぶだろうか?
ヤシがイトスギに『美しいのは私だけだ』と叫ぶだろうか?
マンゴーが足元のメロンを蹴飛ばすだろうか?
『アッラーが人間のために作られたのは私の果実だけだ。』と
アッラーの生きた鼓動が彼の世界全体を
どのように打っているかを見るべきである。 もしすべての星が
『天にいるのは私だけだ』と声高に叫ぶなら、
それはギリシャ人が夢にも思わなかったような
天体の音楽だろう。すべてのものに光があり、
そして、人間のすべての崇拝様式には
多かれ少なかれ影を伴った光がある/しかし、
『緑のソファに座って、地獄に落ちたものの
苦しみに想いを巡らせている』私たちの法学者はすでに、
新たに檻に入れられた野獣のようであって―檻が狭ければ狭いほど、
彼らの怒りは増す。彼らは不機嫌な眉で
私に対面する。何の不思議もない! 私は
犬さえも清いものとし、人々が豚肉を味わい、
ワインを飲むことができるように定めたのだから/彼らはまた知っている、
私たちの自由なホールでは、それぞれの哲学や
信仰の感情がそれぞれの居場所を持っているが、彼らが
激しい形式主義を口走るたび、私には
―偉大な神の声でもなく、真の深みも持たない―
狭い海での潮のぶつかり合いのようにしか聞こえない。
       愚かにも、王らしくもなく―
人々を古来の信仰の囲いから追い出して、
私の信仰の中に無理やり閉じ込めよというのである/―そして
私の治世の初めは、恥辱の雲に赤く染まった。なぜなら私は…
私は彼らのカーストや信条の中の悪意を憎み、
人々に望みどおりの礼拝をさせ、
不信仰の畑からは何も刈り取らないからだ。
私はあらゆる信仰と民族の中から
最良で最も勇敢な魂を選んで、助言者や友人とするからだ。
私は異教徒という呼び名そのものを忌み嫌う。
私はコーランと剣に胸騒ぎがする。
私はキリスト教徒と火刑に身震いする/
しかし、彼らの聖典には『アッラーは愛である』と記されている。
そして、ゴアの司祭は、彼の預言者、
マリアの子イエスの言葉を引いて
『小さき者たちよ、互いに愛し合いなさい』そして
『祝福しなさい』と、誰を?『迫害者さえも』と叫んだ!その時
私には、イスラムの太陽の光よりも清らかな光が
雲間から差し込んだような気がした。
 そして、お前は覚えているだろう、あの
もう一人の預言者、彼らの没落を告げた者が、
その師は『義の太陽』、すなわち地上におけるアッラーであり、
真理の手綱で民を導き、支配する者であると宣言した時、
朽ちかけた信仰の柱がどれほどの激しい怒りに震えたかを。
 なんだと?『古代イランでは、
アッラーは愛の太陽、そして愛は真理の網と
呼ばれていたのではないでしょうか?』
       古代イランからの声!
いや、私は知っている、それは―女たちに
『無神論者』呼ばわりされて
屋根から汚物を浴びせられた白髪の指導者、
アッラーに深く没入した神秘の旋律を奏でた者、
アブー・サイードの言葉である―
       ―地上の薄れゆく朝霧が天の正午に消えるまで、
ここでは太陽はぼんやりとしか見えない、
そのとき、信条と血統はそれぞれ、
もはや偽りの証言をすることはなく、
より大きな光によって自らの限界を見出し、それを乗り越え、
真実への愛、愛の真実の中で
易々と後世に受け継がれるだろう。
       太陽、太陽!彼らは私を
ゾロアスター教徒とののしる。我らの大地を
熱して穀物と果物を生み出し、
私の畑のみならずお前の畑にも笑いかけ、
シーア派とスンニ派の血を熱くする
太陽を、永遠の象徴とせよ!そうだ、そして王たちは、
自ら統治するすべての人々への愛情の温かさによって、
神を現すことができないだろうか―万人に公平な法によって?
人々の光になる行いによって?
       しかし、そのような光は、
昨日の朝、私たちのところに飛び込んできて
両目から地獄の輝きを放ちながら、
『あなたは天から新しいコーランを
降ろしたのか? あなたは預言者なのか? あなた
奇跡を行えるのか?』と叫んだ者の顔には
微塵も見えなかった。そして怒り狂った野生の馬のように飛びかかって、
私を投げ飛ばそうとしたが、失敗した。奇跡だ! いや、私にとっても、
彼にとっても、誰にとっても奇跡ではない。私には、薄暗い
生命の洞窟に理性の灯を掲げ、創造され、創造し続けられ、
そして存在しているお方を崇拝しながら、
ただ世界を、この偉大な奇跡を見つめることしかできない、
そして私はそれ以外を―すべての人類の部族によって
様々に変化する形式や儀式を―見つめることはない。
 ああ、友よ、お前は私が形式を欠くべからざるものと
考えていることを知っているだろう:ただ、統治する者が、
政治的配慮と限りない優しさをもって、すべての臣民のために
それらを作り上げてくれることを願うばかりだ。
       そして、形式とは何だろうか?
質素なものもあれば、豪華なものもあり、体にぴったりと合うものもあれば、
ゆったりとたなびくものもある。内なる心によって温められ、
生きた手足によって動かされ、古くなれば新しいものに
取って代わられる
美しい衣服―それが形式だ!
自然という市場における精神的なもの―
人間に宿って、声になる天国の静かな
アルファベット―見えない力、
遠くから支配する力を鮮やかに示す旗―
崇高な哲学が役に立たなくなった時、
人々を地上の泥沼から引き上げるために、
楽園から垂らされた絹の紐―
そして、何よりも人々が、御自ら形式を作って御自らそれに従われ、
御自らこの岸辺の橋の向こう側で、
何らかの形で生きておられる主を仰ぎ見、
私たちの内にも外にも等しく存在する、
万物の中の万物であり、そして万物の上にあり、
決して変わることのない唯一者、そして常に変化し続ける
多数者である無限なる御方に仕えるとき、
その方を讃えるために、キリスト教の鐘の音、
モスクからの呼び声、そして多神教の漠然とした声は、
ただ一つの音楽になって『祈れ。』とハーモニーを奏でる。
 西の方角―あのゆっくりと落ちていく星の下で、
キリスト教徒は精神的な指導者を仰いでいる/
そして、お前の真摯な助言に従い、お前の助けによって、
私もまた、イスラム教においてそのような存在となっている。栄光の
蜃気楼のためではなく、私の無数の
臣民を一つに融合させる力のため/
抑圧という虎を公職から追い払うため/彼らのあらゆる
嵐のような信条を穏やかにする油のような
神への信仰を広め、
波と波の間の空洞を満たすため/
我が子らを真理の乳で育て、
古き憎しみを愛の黄金へと錬成し、
それを世に広め/不寛容な宗教家たちの恐ろしい毒、
常に鎌首をもたげるコブラたちを打ち払うためである―
唯一のアッラー!唯一のカリフ!
       それでも―時折、
疑念と恐れに見舞われる―そして昨日の午後、
私は夢を見た―お前も知っているだろう、私の心が
嗣子サリームへのいかに深い愛の泉であるかを―
それなのに、私の夢はあまりにも荒々しく、我儘なものだった―
彼はお前を、忠告の杯に異端の酒を混ぜる者の一人のように
横目で睨みつけたのだ―だから―どうか―
 さて、私は夢を見た、
石を一つずつ積み上げて、聖なる神殿、寺院を築き上げた、
パゴダでも、モスクでも、教会でもない、
しかしより高く、より簡素で、常に天からの
あらゆる息吹に開かれた神殿で、
そして真理と平和と愛と正義がそこに来て住まうのだ/
しかし、私とお前が喜び合っていると、
嘲笑う声が聞こえた。『新しいコーランだ!』
そして突然、『サリーム!』という叫び声とともに、
お前が、お前が―私の目の前で倒れるのを見た。そして
私もまた、黒い翼の死の天使に打ち負かされた、
しかし死んでも耳と目はあった/私は息子を見守り、
そして彼に続く者たちが、私の美しい作品の
石を一つ一つ崩していくのを見た/そして廃墟から、
踏みにじられた何百万もの民の叫びと呪いが、
以前と同じように響き渡った/しかし私が呻いていると、
日没の中から異民族が現れ、
再び石を積み上げ、真理と
平和と愛と正義がそこに来て住まい、
そして外の野原では、寡婦殉死の炎も、幼な妻の嘆きも、
インドの未亡人の悲鳴も見聞きされなくなった/そして夢の中で私は言った。
『いかなる手によってであれ、私の使命が
成就されるのであれば、アッラーに栄光あれ!』と。おや、
音楽が聞こえてきた:私たちの宮殿は目を覚まし、
目覚める一日の薔薇色の頬から、朝が
夜の暗い睫毛を持ち上げたのだ。
私たちの太陽への賛歌だ。歌が聞こえる。さあ、行こう。」

賛歌

I
再びあなたは天へと燃え上がり、再び私たちはあなたの昇る姿を見ます。
毎朝が、人々の心と目を喜ばせる、あなたの誕生日なのです。
毎朝私たちはここであなたを迎え、神々しいあなた、
絶えず変わりゆく空にあって、決して変わることのないあなたに深く頭を垂れるのです。

II
影を生み出す方、影を滅ぼす方、国から国へと光を放つ方、
あなたの無数の桂冠詩人たちが、あなたを王と称える森の詩をお聞きください。
鳥はさえずり、花は開き、そして青空の下の人々は、
時を刻む炎の中の時を超える御方を崇めて跪くのです!

 

 

2025.11.4
*ヘンリー・ブロフマン(1838-7878、東洋学者)はアブル・ファズル(1579-1602、宮廷歴史家)がアクバル帝(1542-1605、ムガル帝国皇帝)の統治について書いた「アイン・イ・アクバリー」を英訳しました。史実ではサリーム(後のジャハーンギール帝、1569-1627)は酒とアヘンに溺れ、アブル・ファズルを殺し、アクバル帝との親子仲は悪く、皇帝として無能だったと評価されています。なお、有名なタージ・マハールを作ったのはサリームの息子です。ピタゴラス一派は天体が音楽を奏でていると考えていました。アブー・サイード(イブン・アブル・ハイル、967-1049)はイスラム神秘主義の詩人です。
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/deathofoenone/akbarsdream.html

 

| カテゴリー : テニスン | 投稿者 : 上田エリヤ

Amphion アンピオン

 

Amphion アンピオン

 

父は私に大きな地所を残してくれた、
 しかしそれは荒れ果た不毛なもので、
木がほとんどない庭園も同じだ、
 そしてウサギの巣穴よりも荒廃している/
それでも近所の人たちはそれを
 悪くない、良い土地だ、
そこには森に育つすべてのものの
 種が宿っている、と言う。

ああ、私は古のアンピオンの
 歌が偉大だった時代に生きたかった、
そして種や苗木など気にすることなく
 私のフィドルを持って門に行きたかった!
そして私は木々の脚が軽やかで、
 そして歌が偉大だった時代に生き、
そして私のフィドルを持って門に行って、
 そして木々の間でフィドルを奏でたかった!

彼は音楽的な舌を持っており、
 その調べはとても幸せなものだったので、
どこに座って歌ったとしても
 彼は小さな草木を残し/
どこであれ、さびしい木立の中で
 彼がひとり笛を吹き始めると
痛風の樫の木が動き出して
 フォークダンスに加わろうともがいた。

山はその生い茂った冠を揺らし、
 言い伝えのとおり、
若いブナと戯れながら
 若いトネリコが軽やかに降りてきた/
ブライオニーのツルとツタの花輪は
 彼の韻律に合わせて前進し、
谷底からは
 小さな雑木林が登ってきた。

ボダイジュは列を乱し、
 絡みつくスイカヅラの花輪を引き裂いて、
そして真ん中を、すべてのミツバチを従えて
 ブンブン!と唸りながら進んでいった/
ポプラは整然とした長い列になって
 イトスギとゆっくり歩き、
もじゃもじゃ頭の柳は二列になって
 川沿いを駆け足で行った。

足を濡らしたハンノキが水から出てきた、
 イチイの木たち、憂鬱な連中は/
それぞれ墓場から片足を引き抜いて、
 スピノサスモモとポセットを踊った/
古いニレがツタを振り払って来た、
 ツタはわらわらと後について来た、
そして、松脂の汗を流しながら、
 もやのかかった谷間から松が集まってきた。

そしてそれは、見ものだったのではないだろうか、
 歌が終わる前に、
大きな地滑りのように、木が一本ずつ、
 田園風景の中に降りてゆき/
そして、不揃いの日光を浴びた
 酔っぱらったような葉っぱの乱舞を
羊飼いたちが山の家から
 半ば喜び、半分ば怯えながら見下ろす光景は?

ああ、自然は最初、人間にとって新鮮で、
 とてつもなく奔放だった/
とても若々しく、とてもしなやかだった、
 あなたはそれを意のままに動かした。
ピチカートだ、私のフィドルよ、枝を揺らせ!
 そしてダンスに参加させろ/
鳴れ、フルートよ、硬く張った小枝を、
 そして硬直した根と腱を動かせ!

ダメだ!この低俗な時代に
 私はアザミでさえ動かせなかった/
生垣のスズメたちでさえ
 私の口笛に応えもしない/
せいぜい、フィドルをかき鳴らし、
 ギーギー擦ることに飽きた頃、
干し草の山からロバがヒーハーと鳴き、
 おとなしい牛たちが欠伸するくらいのものだ。

しかし、私が聞いているのは何だろう?
 弁護士の弁論のような眠そうな声は/
ああ、主よ!―それは隣人の土地で、
 現代の詩神たちが読書する声だった。
彼女たちはそこで植物学の論文を読み、
 そして園芸の本を、
そして木をあたかもそこで育ったものであるかのように
 移植する方法について読んでいる。

しおれたお嬢さんたち!彼女たちがいかに
 長々と船乗りの旅の本について語り、
そしてイングランドからヴァン・ディーメンまでの間に育つ
 すべての植物の挿し木を見せることだろうか。
ガラスケースに閉ざされ暖められた
 四角い熱帯の夏のそばで、
刈り込まれ、切り揃えられた木陰、
 そして小道や薄暗い場所で彼女らは読書している。

しかし、注意深く与えられた土で育てられたものたちは、
 緑でもなく、みずみずしくもなく/
半ば庭の噴霧器を意識して、
 ひょろひょろと不幸せそうに見える。
私にとっては、山の上で風に吹かれる
 最も平凡な雑草、
自ら生え育った泉のほとりに種を撒く
 最も卑しい草の方が好ましい。

そして私は、敷地の適当な一画に
 私の草木を育てるため、
数ヶ月の骨折り、
 そして数年間の世話をやり遂げなければならない。
私は雨を降るに任せる、
 私は心を悩ませない/
すべてが終わった後、
 庭に小さな花が咲けば十分だ。

 

 

2025.11.2
*アンピオンはギリシャ神話に登場するゼウスの息子で、竪琴の名手とされています。ヴァン・ディーメンとは現在のタスマニアのことです。
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/englishidyls/amphion.html

The Voyage 航海

 

The Voyage 航海

 

I.
港口に揺れる色とりどりのブイを
 我々は後にした/
南に急ぐにつれ、我々の心は
 狂おしいほどの喜びに踊った:
広い大海原や入り組んだ海岸の
 あらゆる音と眺めが何と新鮮だったことだろう。
我々は、愉快な世界が丸く、
 航海はいつまでも続けられることを知っていた。

II.
暖かいそよ風は額に吹きつけ、
 索具は乾いた歌を歌い、帆は歌を歌った:
舳先についた貴婦人の頭は
 鋭い波しぶきを上げ、疾風をかわして行った。
広大な海のうねりが竜骨にぶつかって、
 そして後ろに流れて行った、流れは非常に速く、
我々は大きな船が揺られ、よろめくのを感じた、
 まるで太陽に向かって航海しているようだった。

III.
太陽が立ち去り、そして夜の敷居を燃やし、
 大海の炎の航路から落ち、
柱のような光の下に眠るのを、
 我々は何度見たことだろう。
薄明の紫色の衣の裾が
 ゆっくりと下ろされ、
地球の眠りを抜けて、我々は何度
 夜明けへの突入を繰り返したことだろう

IV.
一晩中、新しい星が水平線から出て来ては
 まぶしく目に飛び込んできた/
我々が進むにつれて、刻一刻と水平線が動くため、
 星たちは素早く昇っていった。
月はむきだしで、波打つ草原のような
 家影のない海のはるか上を行き、
あるいは、自身の暈の薄暗い盾の真ん中に
 銀色の飾りのように輝いていた/

V.
尖った小島が形を変え、
 丘の上の高い町がぼんやりと見えて、
我々は北の岬の長い列と
 露に濡れた北の緑の牧草地を通り過ぎた。
我々はより暖かい波に出会い、
 砕ける波の長いうねりが
ナツメグの岩や丁子の島々を洗う
 果てしない東の海を深く突っ切って進んで行った。

VI.
炎のように燃える山々のそばを、あるいは雲の柱や
 黒い松の木を幻想的にする
灰色の雨が降り注いで、低い海岸線と震える海面を暗く覆い、
 すっかり影になった山々のそばを/
砂浜と溶岩の湯気が立つ平地、そして
 巨大な水量の河口のそばを、追い風に乗って我々は疾走した。
通り過ぎるとき、丘や
 深紅の混じった森は束の間光り輝いた。

VII.
幸福な気候の百の海岸よ、
 帆船の横をお前たちがどれほど速く流れていったことだろう!
時に海全体が燃え、時に
 我々の炎の航跡が闇を引き裂いた/
時に妖精の棲家の隠された船着き場から、
 裸の手足や花や果物とともに
木彫りの船が飛び出して来た、しかし我々は果物や花のために
 立ち止まったりはしなかった。

VIII.
ひとつの美しい幻が昼も夜も
 何もない水の下に消えていった、
それでも逃げていく彼女に追いつこうして
 我々はその幻を追いかけ続けた、
その顔は永久に見えなかった、
 そして遥かな水平線の上に留まっていた/
しかし、どの男もつぶやいた「ああ、私の女王よ、
 あなたを手に入れるまで追いかけていきます。」

IX.
そして時に彼女を、我々は見失い、時に彼女は、
 黄金の空気でできた空想のように輝き、
時に彼女は、船首に近づいて
 確かな美徳のように、美しい知識のように見え、
時に彼女は、空しく砕ける波の上に高く
 天国の希望のように、海に君臨していた。
そして時に彼女は、切っ先が逆になった
 血を流すことのない自由の剣を帯びていた。

X.
そして、我々の中にただ一人―我々が
 好かず―好かれることが稀だった者がいた:
彼は遠くが見えなかった、目が霞んでいた:
 しかし、彼は我々のすべての目を病んでいると決めつけた。
「愚か者の船だ」それでも彼は叫んだ。
 「愚か者の船だ」彼は冷笑して泣いた。
そしてある嵐の夜、彼は身を投げ、
 我々はその上を行った。

XI.
そして、夜だろうと朝だろうと、
 我々を帆は畳まず、錨を下ろさなかった/
我々はこの世の栄光を愛したが、
 自然の法則を軽んじた/
なぜなら、突風は吹き荒れ、荒れ狂い、そして止む、
 しかし、渦巻く風の穏やかな中心で、
そして強い逆風の中で自由自在に
 帆を操る者たちはどこから来たのだろうか?

XII.
再び我々は寒い気候へと戻ってきた、
 船に導かれるまま進んできたのだ:
今や航海士は盲目で船長は足が悪い、
 そして乗組員の半分は病人か死人だ。
だが、目が見えなかろうが、足が悪かろうが、病気だろうが、健康だろうが、
 我々は前を行くものを追いかける:
我々は、愉快な世界が丸く、
 航海はいつまでも続けられることを知っている。

 

 

2025.11.2
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/englishidyls/voyage.html

 

To the Rev. F.D. Maurice F.D.モーリス師 啓上

 

To the Rev. F.D. Maurice F.D.モーリス師 啓上

 

忙しくなくなったら、こちらへ来てくれたまえ、
名付け親だもの、来て、子供に会ってくれたまえ:
 君が来てくれたら、うちの小さいのは
冬にお日様が差したみたいに、喜んで跳び回るだろう。

友よ、悪魔にさえもフェアに接する、
正直な少数派に属するがゆえに、
 たとえ八万人を擁する大学評議会が
君に「破門」を怒号しようとも/

たとえ正義を重んじる君に対して、
我が国のすべての聖職者たちが激昂しようとも、
 ワイト島の、世俗の炉辺が一つ
君を歓迎しよう(それを受け入れて来てくれたまえ)/

そこで、雄大な草原の丘の傍らの
無造作に手入れされた庭で、
 私は街の騒音や煙から遠く離れて、
鳶色の夕暮れが落ちるのを眺めている、

夕食の間、君はいかなるスキャンダルも耳にすることなく、
あるのはただ本心の語らいと、体に良いワインだけだろう、
 そして、松の木の屋根の下の
カササギのおしゃべりな噂話を聞くだけだろう:

なぜなら、両側には冬の嵐を遮るための
松の林が立っているからだ。
 そしてその先には、灰色の海峡が
粘土と砂の上に波を打ち寄せていて/

乳白色の絶壁の下を
戦艦がゆっくりと這い進んで行き、
 そして光と影の帯を通り抜けて
瞬きながら遠い海へと消えて行く、

我々は利己的な戦争を引き起こした
北国の罪について議論するだろう/
 ロシア皇帝とオスマン帝国のどちらが勝つか、
主張をぶつけ合い、可能性を整理するだろう:

あるいは、戦争の懲罰の鞭が
ヨーロッパ全土を血に染めるかどうかを/
 そして、君はもっと大切な事柄へ、
神に愛される者にとって大切な事柄に目を向けるだろう/

貧しい人々の乏しい貯えをいかに補い、
住居をいかに改善するのが最良なのかを/
 人生が進むにつれて、いかに
ますます勇気と慈悲が獲得されるかを。

来たまえ、モーリス、来たまえ。芝生はまだ
霜で白く、あるいはスポンジのように濡れている/
 しかし、三月になって
クロッカス、アネモネ、スミレが咲き誇る頃に/

あるいはもっと遅くに、一度訪ねて来てくれたまえ、
なぜなら、我々が親しくしている人は少ないからだ/
 一度ならず、何度でも、
何度でも、何度でも、楽しみに訪ねて来てくれたまえ。

   1854年1月

 

 

*ジョン・フレデリック・デニスン・モーリス(キリスト教社会主義者、1805-1872)はケンブリッジの使徒団のメンバーでした。1853年に神学論争でロンドン大学キングス・カレッジ神学部の教授を解任されたときに書かれた手紙です。
2025.10.31
https://www.telelib.com/authors/T/TennysonAlfred/verse/maud/revfdmaurice.html